執拗な恋、夜を飲み干す。
 約束の日の夕日が落ちた頃。いつもよりきちんとした服装で、待ち合わせ場所に向かう。店の最寄り駅の前は人が多く、玲さんの姿をその中から探すのも一苦労だった。

 スマートフォンを握りしめながら彼からの連絡を待ち、時折真っ暗な液晶を鏡代わりにして前髪を整える。こんな夜の時間に二人で出かけるなんて、いつぶりだろう。前回、二人きりで出掛けたのは明音さんの命日の日だった。

 命日の日は一緒に墓参りをすると、玲さんは必ず明音さんのお父さんに会う。その度に思い出話をしながら、お酒を飲み交わすのだという。私はそこには入らないようにしていた。昼間に参拝を済ませ、夜になればホテルに戻る。

 そんなことを毎年繰り返してきたから、夜を共に過ごすのは、出会った頃のあのバーでの時間だけ。

 玲さんはどこか私と一線を引いていて、踏み込もうとはしなかった。女性として扱ってくれるし、変わらず優しいけれど、間違いなんて起こりようもないほど、距離を保たれていた。

 だから、バーで他の女性客が彼に気さくに触れるのを見るたび、羨ましいと思った。私にもあれほどの積極性があれば、と思うけれど、私はそんな風にはできない。

 そんなことを考えていると、「紗希さん?」と声がかかり、顔を覗き込まれた。そこにはいつものように、少し首をかしげた玲さんがいた。


「あ…、こんばんは」

「こんばんは。何かありました?」

「え?」

「表情がいつもより硬いです」


 そそういうところに気付くのは、本当にずるい。
 私の些細な変化に気付いてくれる度に、私はまた淡い期待を抱いてしまう。

 期待なんてするな、私。傍にいられるだけで十分って決めたじゃないか

 心の中で何度も言い聞かせ、「来週からの仕事のことを考えていました。最近忙しくて」と、苦笑いで誤魔化した。玲さんは「そっか。環境も変わったって言ってましたもんね」と言いながら、ゆっくりと歩き出す。

 玲さんは私になんて振り向かない。
 期待したって、結局は傷付くだけなのに。
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