執拗な恋、夜を飲み干す。
開き直り
───Side 玲


 思わず、言葉を失った。出会って数分の女性に「好きです」なんて真正面から告白されることは、これまでの人生で一度もなかった。

 カウンターに残された、明らかに多すぎる金額の紙幣。ハッとして、「ちょっと…!」と声を張り上げたが、彼女が立ち止まることはなかった。

 足取りも覚束なかった。あんなに酔っていて大丈夫だろうか…と、不安がよぎった瞬間、横からふらりと男が寄ってきた。


「好きです、だってさ」


 耳元で囁かれたその声に、無性にイラッとする。反射的に脇腹を突いて黙らせると、男は「いってぇ…」とそこを押さえて呻いた。

 この揶揄ってくる男は、ここで働いている黒崎《くろさき》雅《みやび》。俺と同じ二十八歳。大学時代からの付き合いで、元々は営業マンだった男。四年前に俺が店を出すと言った時、それに合わせるようにこちらに戻ってきた。

 この仕事は性に合っているらしく、軽薄なノリと手際の良さで、うまく店を回している。

 友人ではあるが、正直、俺はこの男がいけ好かない。


「で、何だった? 新しいカモ?」

「言い方。そうじゃないけど…、言い逃げされた。お金多く置いて」

「ラッキーじゃん。それで酒飲もう」

「本当君は碌な事言わないよね。一回捕まればいいのに」


 重く溜息を吐きだす。

 彼女のことは、然程気にも留めていなかった。ただ、この多すぎるお釣りだけは、どうしても返さなければ気が済まない。

 だけど、彼女の名前も連絡先も、俺は何も知らない。

 また来てくれるのを願うしかないか、と、俺はこの店を走って出て行った背中を思い返していた。
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