指先で恋を伝えて

不意に男性が、私へ顔を向けた。

「ああ、すみません」

私が見入っていたことに気づいたのか、男性が少し苦笑する。

「妹の彩羽は、耳が聞こえないんだ。それで、付き添いの俺が、彩羽の通訳を……」

そう言いながら、彼は彩羽さんへ視線を向けた。

再び、指が動く。
長い指先が、静かに宙を踊った。
まるで、空気に言葉を書いているみたいだった。

「……えっと。“綺麗なお店ですね”って言ってます」

「ありがとうございます。気に入って頂けて嬉しいです。どうぞ、おかけください」

私は、少し緊張しながら、二人に席を勧め、タブレットのデザイン見本を見せながら言った。

「これからデザインのご相談をさせて頂きますが、ご希望でしたら、筆談でも対応させていただきます」
実のところ、二人の手話のやり取りは、ずっと見ていたい。
けれど、接客業としては、自分の欲望より、お客様の快適さを優先しなければならない。

男性は、節のある大きな手を動かし、彩羽さんに訊ねてくれた。
すると、彩羽さんがぱっと表情を明るくし、両手を軽やかに動かす。

指先が描く言葉の意味は分からない。
でも、“嬉しい”という感情だけは、不思議なくらい伝わってきた。

「お気遣いありがとうございます。手話でも大丈夫みたいです」

そう言って、男性はスーツの内ポケットから名刺を取り出した。

「妹がお世話になります。兄の神崎雅人(かんざきまさと)です」
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