指先で恋を伝えて

ネイルを見つめる彩羽さんは、本当に嬉しそうだった。
その表情を見て、胸の奥がじんわり温かくなる。

帰り支度をしながら、雅人さんがふっと苦笑した。

「面倒くさい客で、疲れさせてしまったかな」

「いえいえ、とてもいい経験をさせていただきました」

「彩羽も、すごく嬉しそうだった。根気強くつきあってくれて、助かったよ」

その声は困っているようでいて、どこか優しかった。

「とんでもないです。すごく楽しかったですし……お二人を見ていて、私も手話を勉強したいなって思いました」

一瞬。
雅人さんが、少し驚いたように目を瞬かせる。
その時、彩羽さんがぱっと両手を動かした。

私は思わず、その指先を目で追う。

「……また来たい、って」

雅人さんの通訳に、胸が弾んだ。

不思議だった。
ほんの少し前まで意味なんて分からなかったのに。

今はもう、彼女の手を見るだけで、“嬉しい”が伝わる気がする。

二人が帰ったあと、いつも見慣れた店の中が、不思議なくらい広く感じた。

頭の中には、あの手の動きが何度も浮かぶ。
蝶が舞うように動く指先。
優しさを伝える手。

私は閉店後、片付けを終えるとスマホを取り出し、検索欄へ入力する。

『手話 初心者』

動画の中で動く手を見つめながら、私はぎこちなく真似をした。

『いらっしゃいませ』

『ありがとう』

三週間後。
次に彩羽さんが来るまでには、少しくらい覚えたい。

……いや。
もしかしたら私は、あの兄妹の会話の中へ、入りたいと思っているのかもしれなかった。



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