醜と美そして陰謀論、を物語る。

美の死

 
 このように妹は自分の計略が逆手に取られたことに対して感情を動かされていない。

 そんなことはいまどうでもいい。落胆や後悔をしたとて事態は好転などしない。反省をしても仕方がないこと。

 いまやるべきことは前に向かうこと、姉とその子を護ることそれ以外に自分にはなくいつもそれしかなく、そしてこれからもそれしかないこと。

「姉さん! 敵に囲まれた! よってこれから囲いを突破するからそのあいだ堪えてくれ!」

 妹は姉に突破すると誓い、そして姉は理解したのか無言で頷き赤子を抱えもつ少年も同じく頷いた。

 いわば森の道を逆走している馬車、馬はまるで妹の気合いが乗り移ったかのように猛りながら駆けていく。

 もはや馬も人もひとつの意志となり森を突破しようと覚悟を決めている。ただ赤子だけは眠ったまま未来へと向かっていく。

 すると徐々に何かが見えてきた、例の次男の隊であろう。自分たちを背後から襲おうとした連中、立ち向かわなければならない連中、倒すべき敵たち、決戦だ。

 妹は息を素早く深く息を吸い込み、それから叫んだ。

 かつてないほどの大音量でありあたかもそれは衝撃波であろう。馬車が駆けているのに声は後ろに流されずに前方に放出。

 よって馬車に乗る他の三人は大声は聞こえるも威力は無いという現象が生まれた。

 さてこの衝撃を受けた次男の隊だが人は文字通り立ち竦み馬はいななき全て逃げ出した。

 あらゆる事態がミックスされて襲い掛かってきたために思考と行動が停止したのだ。

 まずなんで背後から襲う予定の馬車がこちらに向かって爆走しているのかということ、次に今まで聞いたこともない禍々しいほどの雄叫びに耳の奥を抓られたよう痛くなりついでに内臓が上下に跳びあがったこと。

 最後にその吶喊の声であろう馬車の御者の顔、口があんぐりと開くほど醜かったこと。

 あまりにも現実離れしたものが自分の方に来ることに耐え切れずなんとか逃げよう何人かの兵は腰を抜かしながら脇へと逃げ出した。

 あんなものには関わりたくないのである。人間なら怪物から逃げるのが道理である。

 そういうまともな判断が出来るものはすぐさま離脱するが、脳の処理が間に合わない者たちは思考停止状態。

 ガタイだけは良いが中身はちょっとイマイチだと判明している長男も道の真ん中あたりで棒立ちである。
 
 目を疑うような存在が前から来るので恐くて何もできない。

 どこかで聞いたことがあるのではないか? 災害や戦災で脅威を前にしながらその場で呆然としたまま死に呑み込まれてしまったという話が。

 あれと同じであるがもちろん動かない方が良い場合はもちろんあるだろう。

 動き過ぎてはならないという時は必ずある。

 ミストという映画があるがあれは「下手にあちこちに動かない方が良かった」という意外だが真っ当な教訓のある悲劇とも言えるのだ。

 だが、今はそうではない。その時ではないのだ。

 イノシシとクマといった獣がキメラ合体したかのような怪物が突進してきているのだ。

 そのままだとぶつかって死ぬのだ。動かないとはね飛ばされてしまう。目を覚ませ長男! と、どこから声が聞こえているような聞こえていないような。

「起きろ兄上!!」

 そうあの次男が道の脇から声を掛けた。

 この隊は次男のものであるが長男がここにいるのは向こうで王に会わないようにこちらにいたわけだ。ついでにこの長男を単独にさせないようにした次男の采配である。

 そしてこの采配がズバリと的中する。賢明なるこの次男は異様な事態をすぐさま呑み込み思考しながら脇へと避けた。

 やはりこの男の存在が妹にとって運命であった。
そう声かけにより長男はここで目覚めたのだ。彼は誰よりも力が強い剛弓の使い手、魔物を討つものだ。

「全員弓を構えろ!!」

 誰よりも早く混乱状態から覚醒している次男が隊員に声を掛けた。

 構えられないものもいたが、それでも彼の掛け声のおかげで隊員の半分程度は攻撃の準備が出来てしまった。

 妹はそれを見ながら歯が砕けんばかりに噛み締める。

 あと一歩であったのに! だが仕方がない、無傷では済まないのならそれを受け入れる、いまできる最善のことをとるだけ、自分にはそれしかない、いつだってこれだけだ。

「怪物と魔女を撃て!!」

 次男の合図とともに三方から矢が放たれたと同時に妹は手を広げながら立ち上がる。

 その全身に吸い寄せられるように矢が全身のそれこそ爪先から天辺まで当たっていった。額に右眼に、その胸、その腹に矢が刺さる。

 だから一本たりとも馬車の荷台には矢は届いてはいなかった、その生命にも。

 届かせるものか。

 馬車が逃げる兵隊たちの間を切り裂いていくその先に長男が弓を構えておりその一撃が放たれた。

 妹はそれが剛弓だと見抜きそれから矢の角度が自分の身体の真ん中を貫くと瞬時に悟った。

 だからこそ全身に力を入れた。決して後ろに行かせず自分の身体で止めると。

 矢が放たれそして衝撃が妹を襲う。その矢は予想通り真ん中を貫きその命に届いた。だがそこで留まらせた。

 その場で倒れるように座る妹、その出来事が起きたと全く同じタイミングで次男の矢も放たれた。

 この次男、兵隊たちには一斉射撃を命じながら自らはタイミングをひとつずらした。醜い怪物が盾となっているのならあちらは任せてこちらは違う行動をとる。

 それは魔女を確実に撃つために、横を通過する馬車を側面を狙うために。

 チャンスのその一瞬、魔女ではなく赤子を包む純白の布が目に入り反射的に次男は撃った。

 そうだあれこそが真の敵であり、本当に打倒すべきものであるかのように。その純白を鮮血に染めてやる!

 ここで妹の子が登場する。彼は赤子を抱いて屈んでいたが、母が射抜かれその場に座り込んだ途端、何かを感じたのか無意識に立ち上がってしまった。

 すると眼前に弓を構えるものがありその矢先は自分の弟に!

 だから自らの背を向ける。矢を自分の背に当てさせるために。自分の役目はそうであるかのように。

 母と同じように……だが、違った。矢は当たらなかった。

 代わりに彼にとっては伯母であり赤子にとっては母であるあの姉が矢を背中に受けていた。自らの身体と生命で以て庇っていた。

 そのまま彼女は自分の子と甥に覆い被さる形となり馬車は駆けていく。死してもまだ手綱を握るものの遺志を受け継ぐかのように森を抜けた。

 追手を振りきりそのままずっと……だが馬の脚はあるところで止るが、どこまで遠くに来たのだろうか? 

 草原地帯である。馬も知らぬその場所だがある集団がその馬車に近づいてきた。

 赤い瞳を持つものたちであるが、こちらもまた立ち竦んでいる。

 血塗れのまま座る異形のものに対して声を掛けたり棒で突っついている。

 いきなり動きだしたら怖いしもしも生き返ったりしたらすぐに逃げられるようにしながら確認をしている。

 そうだこれは死んでいる。手綱を握る怪物の死亡確認が済んでホッとしているなか、その中で唯一赤い目を持っていない婦人が馬車の荷台の中をうかがうと、こちらにも背中に矢が刺さって動かない女の姿を見た。

「みんな来て! こっちにも一人いる!」
「二人いる!」

 死体が喋った! とその婦人が驚愕していると死体が起き上がりその下から真っ赤な何かが立ち上がった。倒れた女の腹から出産されたように生命が這いずり出てくる。

 化け物! 血塗れのその醜い子供を見ながら婦人は悲鳴を上げるとその怪物は抱えていたものを上にかざした。

 集まった一同はその白く美しいものを見た。まったく血に汚れていないそれは光を反射させて輝いた。

「この子は、王となる美だ」

 光り輝く赤子の陰のなか母と全く同じ歪んで笑みで以て彼は……後にサビとみなに呼ばせる少年はそう言った。

 かくして神話的とも言えるひとつの時が終わった。

 妹の野望はここで潰えたがしかしその遺志を継ぐものが再び上京し王権と美の完成を夢見る。

 しかしそれはこのようなある種の神話性をまとうものではなく人間的なものとなっていく。

 かくして姉妹は神話となりその死を継ぐものたちの物語が始まる。醜と美の兄弟として、母なる姉妹とは違う関係として。
< 30 / 31 >

この作品をシェア

pagetop