醜と美そして陰謀論、を物語る。

あの子はどこかで生きている

 
 ひとまずあの事件のその後について語っていく。

 事件は非公式なものとして片付けられた。それもそうである。なぜなら亡くなったのは非公式な王妃でありその存在は世に公言されていなかったからだ。

 王宮に住む侍女らしきものが妹とともに何者かの襲撃を受け死んだ、それで終わりである。事件ではあるが国家が揺らぐものではない。

 それにしてもどうして馬車は逆方向に走って行ったのか? 理由は不明だがこの妹が手綱を握ったところ逆方向に暴走。

 その場にいた隊長の証言では王が狙われているのなら逆の方が安全だと言っていたとのこと。その途上で敵の襲撃を受けてこうなったのではないかと。

 では消えた王子はどうなったか? 連れ去られた可能性は……低いという見方が有力である。

 なんらかの勢力が誘拐したのなら声明を出すはずである。その赤子が王子であることを知っているのなら王の溺愛も知っているはず。

 そうだというのに全くもって声明が出ていないことはあり得ないこと。よって死亡した可能性が高い。

 馬車の近くに血に汚れた布がありこれは王家のものだと確認が取れた。

 よってこの場で野犬や猛禽類に襲われて喰い殺されたと見てよいかもしれない。

 無論のことだが王はこの報告に全く満足しないし違うと喚き散らした。

 あの子は生きていると言って譲らない。無理もない。彼は王妃の死骸を抱きしめて人目をはばからず号泣し悲嘆に暮れた。

 誇張表現という意味でいまの文章は典型例であるが事実そうであった。

 詳細に書くと悲嘆と怒号に暮れたといっていいだろう。目覚めては哀哭をしその後は捜査が進まないことに大激怒で部下を詰めその後にまた涙に溺れる。

 躁鬱状態で埒が明かない。そのことと並行にして隣国へと詰めよるも、向うは向うでそんな話は知りませんとしか言えなかった。

 本当に知らないのだからそう言うしかない。だがそうと聞かされて知らないのなら知らないのですね分かりました失敬、とならないのが人間である。

 あいつは嘘をついている! 絶対に知っているしとぼけているだけだ! あの態度の裏に何かがあるはずだ!

 ここでまた来た陰謀論。国境やら何やらで揉めている隣国との間には深い疑惑の溝がある。

 あいつらは何かやるかもしれない、と、あいつらは何かをやった、との間にはかなり高い壁があるが陰謀論はいつもそこを簡単に飛び越えさせてくれる。

 つまり論理を飛躍させてくれてどれだけ高い壁もひとっ跳びで越えさせてくれるということである。

 なお着地は跳んだ本人任せなのでまず間違いなく着地に失敗し痛い目に会ってしまう。

 この王の場合もそうである。理不尽な事件が起きた際は必ず犯人捜しを行うしこの場合なら犯人はどこかにいるのである。

 それはいつも仲の悪く自分が嫌いなやつが犯人なら分かりやすいし、というかそうであってほしいと人間の思考は最適化されているのだ。

 いつも全員を疑ってはキリがないし埒が明かないので人は無意識に犯人を絞り込んでしまう。

 ことによってはこれをバイアスと呼び人間の知性でもあり様々な場面で役には立つが差別や陰謀論に利用されやすい面もある。

 そもそも最初の隣国の特殊部隊というくだりを検討する必要があるはずである。

 敵国の特殊部隊が突然現れし王を誘拐しにきた! とかおいおいそんなわけないだろ……とそう思うのが自然だろう。

 だが隣の人がそう言ったらどうする? そのあともう一人にそう言われたら? 

 これは虎が出たと三人に聞かされたら信じてしまうという紀元前の故事からだが人間というのはそうなのだ。

 SNSで知人の三人が虎が出たと拡散してきたら自分も拡散してしまう、そういうものである。

 あの時の王もまさかそんなと一瞬思うも常日頃仲が良くないためにそれを信じてしまったし、その後に二人の王子も隣国への怒りの露わにしたら信じないわけにはいかないのだ。

 ここで抗えるのはよほど賢く強い人であり人間としてそうありたいものであるが、とりあえず凡夫たる我々は人にはそういう傾向があり自分もそうなる可能性が高い、と自覚しておくので精一杯であろう。

 だいたいこの計画は次男が立てたものだが常々前々から王の隣国とは領土関係で憎悪していたので、ここに付込んだら簡単に信じるだろうという見込みが的中した形となった。

 憎悪とは隙間だらけなのである。憎悪の根拠は自分自身の妄想が多いためにそこに新たなものを突っ込めばまた勝手に燃えてくれるのだ。

 それに悲嘆に暮れる王だが憎悪によって悲しみから目を逸らすという面もあった。

 王妃の仇をとる! その想いがこれ以後の王の隣国への強硬姿勢となった。その一方で次男の目論見が最悪の形で外れたところもある。

「あの子は生きている!」

 王のこの信じて疑わない態度である。彼は王妃の死は受け入れている。背中に刺さった矢が心臓を貫いていて呼吸は停止している。

 これは死である。火葬をしてその灰と骨を壺に収めた。ああ……あんなにあんなに美しくてもこうなってしまうのかと思いながらの骨拾い。

 ここまでやったらいくら彼とてその死を納得するしかない。葬儀とはこうした諦めをつけさせる大切な儀式とも言える。卒業式みたいなものであろう。

 ホラホラ、これが君の骨だ、くぅ……完全に終わりました! としてくれない限り変な形となって心残りとなってしまうのだ。土葬なんてしたら掘り起こしてしまう勢いだ。

 そうであるからこの生存不明な王子への態度は困ったものとなった。

 死んだという証拠がないから生きている! 論理的である。

 死体があるが生きている! 非論理的である。

 よって死体が無いから生きているは論理的におかしくはない……そうであろうと言っても良いだろう。

 これが十年とか二十年なら状況的に死亡認定されても良いがまだいなくなって一年未満である。

 親心からして当然の感情であってそうではないと誰も言えない。

 王子たちも部下たちも王の嘆きの心を察してどこかで生きているとしか答えられなかった。

 それに二人の王子も自分で仕留めていない以上生きている可能性はあるのだ。自分達が殺していないのだからそう思わざるを得ない。

 あの怪物は退治をしたし魔女も打倒した。国を奪おうとしたのだから当然の報いだ! 王子とその部下たちは王の歎きを見ながら強くその認識を深めた。

 そうしなければ罪悪感が湧いてきてしまう以上自己防衛的にそうするのだ。俺達は悪くない、悪いのはあいつの方だ。世の中で被害者が何故か叩かれやすい構造はこれでもある。

 そして生存の一応の可能性としてあるとしたら、いつも王子に付き添っていた妹の息子が赤子の王子を抱えてどこか放浪し保護しているというものだ……いや、無理である。

 そんなのは数日で行き詰るし途中で力尽きて共倒れだ。死体捜索に切り替えてもいいがその死骸すら見当たらない。

 あんな化け物に似た子供の醜い顔の死骸など犬だって食いはしまいが獣はエサを美醜の区別はしないか。

 それと誰かに保護をされているという可能性。これが最も有力である。ということでその周辺地域の家々を一軒一軒聞き込みをしていくもそういった情報を得ることができなかった。

 王の探し物ですとわざわざ言っても情報が上がらない。実は王子様をお探しなのですとこっそりと伝えても、知らないとのこと。

 うちにいるよ! と喜び勇んで行ってもそこにいるのは玉のような男の子ではなくだいたいが豚児のまさに月とすっぽん。

 王曰く一目で分かる! と言うのだから候補者ならぬ候補赤子を王宮に送っても「あの子じゃない!」の一点張り。

 これほど探しても見つからないというのならやはりどこかで死んだのでは?

 王は諦めていないが王子たちは死んでいるのならそれに越したことは無いと心に引っ掛かりを覚えながら次第に忘れていくことにした。

 まぁ王と会うとその話をしてまた思い出す程度ぐらいにまで。


 さて、王と王子たちの反応を見てきたが例の二人はご存じのように生きているし普通に生活を送っているのである。

 そこを見て見よう。ここで登場するのが馬車を囲んでいた赤い瞳をしていた集団である。

 次回は緑の瞳を持つ婦人ならぬ夫人、追放され都落ちした元王妃候補の嫁入り先である。そこに彼らはいる。
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