六点差の向こう側にある優勝

引退後

引退した日から、体育館の音が変わった。
正確には、音が減った。
バッシュの音が少ない。
声が少ない。
時間が少し遅く流れている気がする。
ゆなは、いつも通り体育館にいた。
女子バスケットボール部の部長兼マネージャー。
でも、“いつも通り”じゃなかった。
コートの端に立つと、まだ癖で目線が上がる。
そこに、もういない。
しょうへいも。
るきも。
りゅうとも。
りょうも。
らいも。
たけるも。
全部、いない。
なのに、まだ残っている。
「次の代、どうする?」
顧問の声がやけに現実的だった。
ゆなは少し黙る。
答えはもう決まっていた。
「ちゃんと、繋ぎます」
それだけだった。
でもその言葉は、昔より重かった。
女子バスケ部は相変わらず強くない。
人数も多くない。
上手くもない。
でも、ゆなの中では変わっていた。
“弱いからダメ”じゃなくて。
“どうやって続けるか”に変わっていた。
ある日、体育館の入口で。
聞き慣れた声がした。
「まだいるんだな」
振り返ると、しょうへいがいた。
私服。
少しだけ背が伸びた気がした。
隣に、るきもいた。
杖も何もない。
でも、走るわけじゃない歩き方。
「暇だから来ただけ」
るきはそう言う。
しょうへいは笑う。
「なんか落ち着かねぇんだよな、ここ」
ゆなは少しだけ笑った。
「そりゃそうでしょ」
でも、その空気は昔と違う。
もう“戦っている人たち”じゃない。
“終わった人たち”でもない。
ただの、少し先に行った人たちだった。
体育館に入ると、女子バスケ部が練習している。
ぎこちない。
でも、必死。
しょうへいがそれを見て言う。
「……あの頃の俺らよりはマシだな」
るきはすぐ返す。
「お前は今でも背負いすぎ」
しょうへいは苦笑いする。
ゆなはそれを見て思う。
あ、この人たちはもう“コートの中の人”じゃないんだって。
でも、完全に外にもいない。
その中間にいる。
ある日。
練習が終わったあと。
ゆなは一人でノートを書いていた。
そこに、しょうへいが来る。
「まだ書いてんの?」
ゆなは答える。
「癖だから」
しょうへいは少し黙る。
そして言う。
「俺らのこと、どう書いてたんだよ」
ゆなは少しだけ迷ってから答える。
「優勝したチーム」
しょうへいは笑う。
「負けたのに?」
ゆなはペンを止める。
そして、ゆっくり言う。
「勝ち負けじゃなかったから」
少し沈黙。
るきが後ろから言う。
「じゃあ何だったんだよ」
ゆなは少しだけ空を見てから言う。
「繋がったチーム」
それだけだった。
しょうへいも、るきも、それ以上は聞かなかった。
ただ、少しだけ笑った。
体育館の外に出ると、夕方の光が差していた。
あの日と同じ色なのに、違って見えた。
ゆなは思う。
もうあのチームは戻らない。
でも、消えもしない。
ずっとここに残る。
“六点差の向こう側”に。
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