逃げられるものならお好きにどうぞ。
「ちょっと、くっつかれると動きづらいよ」
「だって百合子さんがあっためてくれるって言ってたでしょ?」
「……言ってはないよ」
「でも、思ってただろ?」
「……」
私の無言を肯定と捉えた黒瀬くんが、耳元でクスクス笑っている。
「黒瀬くん、何飲む?」
「んー、いつもの珈琲で。ありがとう」
黒瀬くんを背中にくっつけたまま、最近黒瀬くん専用と化している青色のマグカップに珈琲を淹れて、ソファに移動する。
「ねぇ百合子さん。今日、泊まっていってもいい?」
「うん、いいよ」
黒瀬くんの言葉に、特に何も考えずに了承する。
だけどよくよく考えてみれば、黒瀬くんを家に泊めるのは、黒瀬くんを看病した日以来のことになる。
これまで黒瀬くんが夜遅い時間まで家にいたことはあっても、泊まっていくことはなかった。最終的には、黒瀬くん自ら帰っていたからだ。
二人きりの空間に少しだけ緊張しながら、立ち上がって再びキッチンに足を向ける。