逃げられるものならお好きにどうぞ。
「香月先輩!」
「……あれ、林くん? どうしたの?」
「あの、俺も二次会には参加しないので、よければ駅までご一緒していいですか?」
「うん、もちろん。林くんも電車なんだ?」
「はい。アパートが職場の近くなんです」
「そうなんだね」
後輩である林くんと駅までの道を並んで歩きながら、他愛のない話をする。
林くんは年齢的には私よりいくつか下のはずだけど、誰とでも直ぐに親しくなれるような愛嬌を持っていて、真面目で気の利くしっかりした男の子だ。
私は昨年の春に上京してきたばかりだから、職場での後輩に当たる子はほとんどいないけれど、林くんは人手不足で昨年の秋口に別の部署から移動してきたのだ。つまり、同部署内では私の唯一の後輩ということになる。
それでも、経験的には私より林くんの方が先輩に当たるはずなのだけど、何故か林くんは私を先輩と呼んで慕ってくれている。
「香月先輩は、このまま真っ直ぐ家に帰るんですか?」
「うん、そうだよ」
「あ、あの、もしよければ、少しだけ一緒に…「百合子さん」
林くんの声に綺麗に重なった声。私の名前を呼ぶその声は、よく聞き慣れたものだった。
視線を向ければ、駅のある方角から黒瀬くんが歩いてくるのが見える。