逃げられるものならお好きにどうぞ。


こんな風に不安になるくらいなら、躊躇なんてしないで、副業のことについて聞いておけばよかったと思う。

聞いたところで、はぐらかされるだけだったかもしれないけど、それでも……。



「ヤッホー、お姉さん」



考え込んでいれば、聞いたことのある声に呼びかけられた。


名前は確か――佐藤さん、は偽名だったはずだから――そうだ、思い出した。萌黄さんだ。

長い黒髪を今日は後ろの方でお団子にしていて、黒縁の眼鏡をかけている。



今日は黒瀬くんも店にはいないし、あまり関わるなと言われていることを思い出す。

軽く会釈だけして店を出ようと帰り支度をしていれば、萌黄さんに呼び止められた。



「ねえ、椿が今どこで何をしてるのか……知りたくない?」

「……黒瀬くんが今どこにいるか、知ってるんですか?」

「うん、知ってるよ。だっておれ、椿とは仕事仲間だからね」



ちょいちょい、と萌黄さんに手招きされる。

迷いながらも近づけば、萌黄さんが私の耳元に顔を寄せて、内緒話でもするみたいに小さな声で囁いた。

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