逃げられるものならお好きにどうぞ。
「……ねぇ百合子ちゃん、いいでしょ? ちょっとだけ椿のこと貸して? お願い」
にこりと口角を持ち上げた美代さんが、猫なで声を出しながら私の方に身を寄せてきた。
「……それは、私が決めることではないですから」
「何よぉ、椿だって、百合子ちゃんが了承すればいいんでしょ?」
美代さんが頬を膨らませて黒瀬くんに尋ねる。
手元のグラスに向けていた視線を持ち上げれば、黒瀬くんと目が合った。黒瀬くんはその問いに答えることなく、静かに微笑んでいるだけだ。
「決定権は、私にはないですけど……私は、美代さんと黒瀬くん二人で買い物に行ってほしくないです。……ただの個人的な我儘ですけど」
黒瀬くんに聞かれることは気恥ずかしくて、わざと小声で伝えたのに――。
「ね? ということだからさ」
ばっちり聞こえたらしい黒瀬くんが、美代さんに言う。
クスクス笑う声が耳に届いて、私は何だか居た堪れない気持ちになってくる。