逃げられるものならお好きにどうぞ。
「百合子さん、いらっしゃい」
「あ、黒瀬くん」
「俺、百合子さんの手作りが良いな」
「……え?」
「バレンタインの話、してたでしょ。俺、百合子さんの手作りがほしい。……だめ?」
「いや、だめじゃないけど……」
――でも黒瀬くん、手作りは嫌なんじゃないの?
そう思ってチラリと隣に座る美代さんに視線を送れば、美代さんは何食わぬ顔でカクテルを飲んでいる。
「……ちょっと美代さん。百合子さんに適当な嘘吐かないでくれる?」
「何よ、嘘なんて教えてないけど? 前は手作り、嫌だって言ってたじゃない」
「それは昔の話だろ。百合子さんの手作りなんて、むしろ食べたいに決まってるじゃん」
「ああ、はいはい。惚気たいなら他所でやってくれる?」
バチバチと火花を散らす二人は、笑顔のはずなのに、やっぱり目が笑っていない。
「あ、あの。美代さんはチョコレート、作ったりされるんですか?」
「ううん、この人に料理は無理だと思う」
空気を換えようと質問すれば、美代さんの代わりに黒瀬くんが答える。
黒瀬くんの返答に、美代さんは唇をツンと尖らせて、拗ねたような表情になった。