逃げられるものならお好きにどうぞ。
「百合子さん、巻き込んでごめんね。……ちょっとだけ待っててくれる?」
自分が着ていたコートを脱いだ黒瀬くんは、それを私に羽織らせて、フードまで被せてきた。
「そのまま下、向いててね」
そう耳元で囁いて、私の頭をぽんと撫でる。
「チッ、女の前だからってカッコつけやがって……!」
「はいはい。いいから早くしてくれる?」
「っ、オマエら、やっちまえ!」
黒瀬くんの挑発めいた言葉を合図に、小さな乱闘が始まってしまったようだ。
黒瀬くんが喧嘩がとても強いことは、実際にこの目で見たことがあるから知っているけど……それでも、複数人を相手にして無傷で済むのだろうかと、やっぱり心配になってしまう。
そして、それから騒ぎが収まるまで、多分一分もかからなかっただろう。
近づいてくる足音にそっと顔を持ち上げれば、いつもと変わらない綺麗な笑顔を浮かべた黒瀬くんと――その背後には、死屍累々という言葉がしっくりきそうな、折り重なるようにして倒れこんでいる男の子たちの姿があった。