逃げられるものならお好きにどうぞ。
「お姉さん、今日は楽しかったよ。俺的には嬉しいこともあったしね」
「……嬉しいことって?」
チラリと視線を後ろに向ければ、黒瀬くんは思っていたよりもずっと近い距離にいた。
「お姉さんの色んな表情も見れたし、好きなものも知れたしね。でも、一番の収穫は……」
そう言って、すらりとした長い人差し指で、私の唇に微かに触れる。
「敬語、外れてるよね」
「……あ」
そう言われたら、確かに。
自分でも気づかないうちに、砕けた口調で話していた。
「心の距離を埋められたみたいでよかったよ」
自然な動作で私の髪をひと撫でした黒瀬くんは、そのままくるりと背を向け、こちらに顔だけ向けながらひらりと手を振ってみせる。
「またデートしようね、お姉さん」
「……っ、もうしません!」
こうして、最初から最後まで黒瀬くんに翻弄されっぱなしの一日が終わったのだった。