逃げられるものならお好きにどうぞ。
「たった今だよ。お姉さんに気づいてきちゃった。偶然だね」
「きちゃったって……さっきの女の人は? 行っちゃったけど、いいの?」
「ん? ……あぁ、さっきから後を付いてくるから放っておいたんだけど……お姉さんに話しかけに行くのに邪魔だなって思って、離れてってお願いしたんだよ」
にっこり笑いながら話す黒瀬くんの言葉の、どこからが冗談でどこまでが本気なのか――私には皆目見当もつかない。
というか黒瀬くん、はじめから私に気がついていたのか。
それなのに、バレないようにと通行人に紛れて必死に下を向いて歩いていたことが、何だか恥ずかしくなってくる。
「お姉さんが近くにいたら、俺、すぐに気づけると思うよ」
「……黒瀬くんは犬ですか」
「犬かぁ。お姉さんの飼い犬なら、なってもいいかも?」
「……すみませんけど、女の子泣かせの躾がなってない犬は、いらないです」
「ふっ、酷い言われようだね」
クスクスと笑いながら私の隣を歩いている黒瀬くんは、今日も今日とて楽しそうだ。