逃げられるものならお好きにどうぞ。


「うーん、特に意味はないけど……名前で呼んでほしい?」

「いや、別に」

「うわ、即答。……それじゃあ、お姉さんが俺のこと“椿くん(ハート)”って呼んでくれたら、俺も名前で呼ぼうかな」

「いや、謹んで遠慮しておきます」

「残念、振られちゃった」



クスクス笑う黒瀬くんは、言葉と表情が全く合っていないことに気づいているんだろうか。

まあ、当然気づいて言っているんだろう。


……黒瀬くんって、本当に意地の悪い性格をしていると思う。さすがに本人に直接悪口を言うつもりはないけれど。



それからしばらくして、劇場内が暗闇に包まれた。


ちらりと左隣を見れば、ぼんやりと仄かな明かりに照らされた黒瀬くんの横顔はやっぱり綺麗で。だけど、無表情で大画面に映し出された予告を目に映すその表情は――どうしてか分からないけれど、どことなく……寂しそうに見えた。

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