逃げられるものならお好きにどうぞ。
「黒瀬くん、食欲はある? よければ何か作るけど……病人だし、おかゆとかの方がいいかな?」
「……シチューが食べたい」
パッと頭に浮かんだ食べ物をリクエストすれば、きょとんとした顔で瞳を瞬いたお姉さんだったけど、直ぐに表情を緩めてクスクスと笑いだす。
「ふふ、分かったよ。……誕生日だし、特別だからね」
――というか、そういえば俺、誕生日だったっけ。
熱で朦朧としていて、そんなことすらすっかり頭の中から抜け落ちていた。
「作るのに時間がかかるから、黒瀬くん、まだベッドで寝てていいよ」
「……いや、ここで見ててもいい?」
ソファから腰を上げて、リビングの端に置いてあったスツールを借りてそこに腰かける。
ダイニングキッチンのカウンター越しにお姉さんの料理する姿を見ながら、ぽつぽつととりとめのない会話をした。
熱のせいか、まだ頭はぼうっとするけど、お姉さんの声や包丁で食材を刻んだりする音がすごく心地良く感じて、心の中が、穏やかな気持ちで満たされていくような感覚を覚える。