Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「実は……瑠華とマックス…あ、フルネーム、マックス・ヴァレンタインて言うんだけど…」
「マックス?あんた名前でも負けてるわね」と綾子が可哀想なものを見るような憐れみの目つきで頷く。
「うっせぇ!」
「まぁま、綾子ちゃん。啓人の話を聞こうよ」と桐島が提案するとすぐに大人しくなる綾子。
まるで猛獣と猛獣使いだな。
「二人の間に子供も居るんだ。
娘で、今年4つ」
俺は右手の指を四本立て、しかし言い切った後、握った左手の拳の中、汗が浮かんでいた。
「「娘!!?よっつ!!?」」
これまた裕二&綾子がきれいにハモる。
またも…
「…桐島は?驚かないんだな」
俺が目を上げると
「んー…何となく?それも気付いてた…ほら、結婚式のとき逃げ出そうとしたマリを説得してくれたでしょ?
あのときの柏木さん、妙な気迫があって……でも何だか他人事には見えなくて…
もしかしてー…て思ったけれど、色々事情だってあるし、こっちから敢えて突っ込んでいい話題じゃないだろうし。だから啓人が告白してくれなかったら俺は一生このこと聞くつもりもなかったよ」
と桐島は苦笑。
桐島―――……
「“母”になる、ってそう言うことなのかな。って最近気づいたんだけどね、実は。
マリが子供を産んでくれた瞬間」
桐島は嬉しそうに微笑む。
「サンキュ、お前は最高の父親で、その赤ん坊もお前に似て最高にいい大人に育つよ」
俺はポンと桐島の肩を叩いた。
「でも、柏木さん……子供嫌いって言ってなかったっけ?」
裕二が首を捻る。
「それは……離婚裁判の際、親権を相手に取られたからだよ。
ほら、裕二お前も知ってるだろ?瑠華の会社Fahrenheitの株価が急激に下落して、その後、ヴァレンタインに吸収合併されたって」
「ああ……お前んとこの書斎でみた」
裕二は廊下の奥の方を見やる。
「瑠華は―――ユーリを……娘の親権が欲しかった。
愛してたんだよ、娘を。
心の底から。
いや、実際今でも愛している―――
でも
Fahrenheitを権力と金でねじ伏せ、多くの従業員を抱える会社を救う代わりに、娘の親権を寄越せって向こうが言ってきて
瑠華は―――多くの従業員の生活をとった……
向こうは、こっち(日本)と違って貧富の差が激しい。多くの従業員が露頭に迷うのが目に見えてた。だから―――……」
俯きながら言うと
「だから……柏木さんは泣く泣く娘を手放したって言うの…?」
ぐすっ…
綾子が鼻をすすりながらハンカチを目に当て泣いていて、その肩を裕二が優しく撫でさすっていた。
「そう。瑠華が子供を欲しくないって言った理由。
“あんなに可愛いものを奪われるなら、
最初からいないほうがいい”って―――」