Fahrenheit -華氏- Ⅲ


「ふーん、分かった。面白そうだからやるわ。実際金に困ってるしね」


思った以上に葵さんはあっさりと言い、明るく笑った。


彼らに『友情』など存在しないのだ、こんなにもあっさりと寝返るなんて―――


いえ、寝返ると見せてお金だけむしり取り、彼はあくまで二村さん側かもしれない。


けれど、あたしはこの葵さんに全てを賭ける。


『レイズ』


(※レイズとは、ポーカーで前の人よりも多くのチップをかけること)


あたしは万札を5枚テーブルに乗せた。


「ではこれは前金と言うことで」


葵さんはまたも目を丸めた。けれどすぐに顎を引き疑うように目を上げる。


「でも、俺があんたを裏切るかもしれないよ?こんな男を信用して5万も払う?普通」


「受け取ってください」


再度言うと、葵さんの手は驚くほど素直にそのお札に手が伸びた。


あたしはその手首を掴み


「裏切りは許しませんよ、勿論。


だから私は“保険”を掛けました。あなた、詐欺まがいなことをしていた前歴もありましたよね。イマドキイミテーションの宝石を高く買う女性が居るのですね」


あたしはわざとスマホをしげしげと眺めるフリ。


彼はまたもため息を吐き


「そりゃ、ほら。恋愛に飢えてる女は意外と多いものよ」と肩を竦める。


料理はポワソンに入っていた。


ポワソンは、魚を使った料理のことで、最初のメインディッシュとしてお肉料理に入る前の魚料理だ。お魚とお肉の両方を味わうことで、消化を促進する効果を期待できる。


鱈のポワレだ。


シンプルながら、その味は職人の腕に寄って大きく左右される難しいメニューだ。


この男―――葵さんも、あたしの使い方一つで大きく変わる。


< 109 / 608 >

この作品をシェア

pagetop