Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「いいよ、サインすればいいんでしょ?」彼はアッサリ過ぎるほど言い切ったけれど
「いいえ、不要です。サインよりももっと有効な手段が」あたしは五万円を掴み取ろうとしている葵さんの手を取り
「ちょっと指を失礼」
一言断りを入れてナイフを彼の指に走らせた。
「いって!!何するの!」
狼狽した彼の手をあたしは無言で半ば強引にその契約書二枚に血判を押させた。
あたしの名前にはすでに朱肉で拇印を押印済だ。
「これで私たちは共犯です」
あたしはにっこり笑い、
かざしたナイフからそのまま手を離した。
床に落ちたナイフの切っ先が鈍い銀色と血液のガーネット色が混ざり合い不思議な光を帯びていた。
すぐにギャルソンを呼び寄せ
「失礼。ナイフを落としてしまったのですが。替えていただけます?」
あたしが小首を傾げると
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」とギャルソンはすぐにナイフを取り上げて去っていった。