Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「俺はさー、ずっと長い間そんなに好きな人のことを想ってる空汰がちょっと分かんなかった。
まぁミミちゃんは可愛いし、優しいけどな~
俺は何だかんだ、やっぱその場その場で楽しい“お付き合い”の方が合ってる気がするし。
女なんて金づるとしか思ってなかったし」
「話が逸れてます」
あたしが何でもない様子を装ってお肉にナイフを入れると、彼はお肉を堪能しているのか、取り立てて不審がらず
「あ、そうそ、ごめんね。何だかんだで俺ら割と最近まで同じ団地だった。でも空汰が就職すると、あいつミミちゃんを残しては都内で一人暮らしをして、俺も傷害罪で一度年少入ってたから何かと居づらくさ、そんな感じで家を出て」
「ミミちゃんは?」
あたしが聞くと
「まだあの団地じゃね?」
「横浜の?」
「そうそ、良く知ってんね」
「以前、聞きました」
「ミミちゃんちは色々複雑でね、ミミちゃんの親父がDV親父でミミちゃんのお母さんにしょっちゅう暴力振るってた。
それでミミちゃんの両親は離婚、ミミちゃんはお母さんが引き取ったんだよ」
これで―――繋がった。瑞野さんが一度、二村さんがあたしの手を振り払った際に私のことを過剰に心配していた理由が―――
「貴重な情報です」あたしは目を細め、さらに二万をテーブルに突き出した。
「え?」葵さんは目を丸め、またもお肉を喉に詰まらせたのか激しく咳き込みながら、今度はワインに手を伸ばした。
「私は彼らの関係を良く知らなかったので、これは情報料です」
葵さんはその二万を素直に受け取り
「そう言えば空汰も母親と二人暮らしだったな」と葵さんは『ついで』と言った感じで話しだした。
「ま、イマドキ片親も珍しくないけど」
「ご両親が離婚されたのですか?」
「ううん、あいつンちも色々複雑でさー、空汰は所謂私生児ってヤツ?」
私生児……それも初耳だ。
「彼は父親が誰か分かっているのですか?」
「さぁ、聞いたことないけど、空汰のことだから付き止めてるかも」葵さんはワインを口にしながら苦笑い。
「あ、でもこれは聞いたことある。父親はそれほど貧乏じゃないってこと。養育費とか生活費とか色々援助してもらってるって。なのにあの団地に居るのかちょっと不思議だったけど」
葵さんは首を捻る。
なるほど、似たような環境にいるとやはり共通する面で惹かれあうこともあるのかもしれない。