Fahrenheit -華氏- Ⅲ

人魚の世界を見たかった。


底面の人工的なブルーの……けれど、上品な照明がキラキラとその色を際立たせていて、一言で言ってしまえば『マリンブルー』と現される色。


コンタクトをしていないこの視界で、けれどこの人工的に作り出されたとは言え、美しいブルーはハッキリと分かり、人魚の棲む海を連想させた。


頭上を見上げると、照明がきらきらと輝いている。


ああ、地上は、何と美しい―――


これが人魚の


世界


25mの所でターンをして戻ってきて、水中から顔を覗かせようとすると、


ぬっと黒い影が頭上を覆った。


あたしがちょうど水面から顔を出した時だった。


「うわっ!」


その男性の声に


「キャァっ!」


反射的に思わず水中に逆戻り。顏の半分まで水に浸かり目を上げると


「か、柏木さま!?」


ぼやける視界で捉えた声と口調は


「ウチヤマさん?」


目をまばたきさせながら、あたしは躊躇なく水中から上がった。


顔に張り付いた髪を退かしながら、メガネを装着すると、思った通りウチヤマさんだった。


彼はただ、目を丸めていた。


あたしは心音からプレゼントしてもらったブラウンと白の細かいドット柄のビキニ姿。二段のフリルが可愛い短いスカート形の。


ウチヤマさんぐらいの男性なら、若い……いわば小娘のような女のビキニに一々反応しないだろう。


案の定、ウチヤマさんは


「申し訳ございません。22時が迫っている為、見回りに。一応モニターはあるのですが」


彼は頭上の監視カメラを指さし。


「そうですか、ご苦労様です。すみません遅くに」


プールからあがったあたしはバスタオルで髪を拭った。


「いえ、取り乱してしまい申し訳ございません。残り30分程ございますので、更衣室なででごゆっくりなさってください」


ウチヤマさんはしっかりと頭を下げた。


その際にキッチリセットしてあった髪が一房、額に降りる。


「ウチヤマさん―――お(ぐし)が……」


思わずその場所に手を伸ばすと、ウチヤマさんはシャキっと背筋を伸ばし


「これは失礼をいたしました」と慌てて髪を整える。


ウチヤマさんも―――大概面白い人だ。


でも、あたしはウチヤマさんが―――好きだ。


< 135 / 608 >

この作品をシェア

pagetop