Fahrenheit -華氏- Ⅲ
それは決して恋愛感情ではない。
あくまで人間的に―――そして仕事に向ける情熱的な部分に
惹かれる。
結局、あたしはウチヤマさんの厚意に甘えて、更衣室で洋服に着替え、簡単に髪を乾かし、言われていた22時の10分前に自分の部屋に着いた。
シャワーを浴び、今度はきっちり髪を乾かし、
白いコットンとシフォンを重ねたミニ丈のキャミワンピース。その生地と同じセットアップのロングカーディガンを着て、ロックグラスに入れたブランデーを手に窓際まで向かってバルコニーの扉を開けたところで
想像した以上の冷たい風に思わずカーディガンの前を合わせ、バルコニーに出ることを諦めた。
夏は―――
終わったのだ。
出窓に腰を落とし、買ったばかりのスマホを手にして、
誰かとお喋りしたい―――と無性に思った。
『さっきね、プールで生真面目なコンシェルジュの男性と思わぬ遭遇をして。お互い幽霊や強盗に合ったみたいな顏してた』―――とか?
どうでもいい笑い話を―――したかった。
こんなこと日本に来たばかりのときは思いもしなかった。一人は慣れているし、話す話題もない。むしろ一人の方が気が楽だった。誰にも私生活を邪魔されたくない、とさえ思っていた。
でもあたしは今―――誰かと喋りたい。笑いたい。
けれど、あたしには
その相手がいない。
スマホのメモリを見て、その少なさに思わず俯いた。
佐々木さんは―――流石にプライベートなやり取りする仲でもない。
紫利さんには―――これ以上迷惑掛けられない。
綾子さん―――
あたしの手はほとんど迷いなく綾子さんに電話を掛けていた。