Fahrenheit -華氏- Ⅲ
綾子さんは―――啓から何か聞かされてるかもしれない。それともあたしの態度でそれとなく察知しただろうか。
あたしと啓が
別れたことを―――
でも、彼女ならそんな事情を知っても、掛値なしで普通に接してくれる、そう思った。
呼び出し音が四回程鳴ったとき
『もしもし、柏木さん?』と綾子さんが電話口に出てくれて
「あ、はい―――、柏木です。すみません夜遅くに」気付いたら日をまたぐ時間帯だった。
さすがに非常識だと、今更ながら気付いたけれどもう遅い。
『ううん、平気よ~、どうしたの?』と明るく聞かれ
「いえ……あの…えーっと……」
電話をしたものの、実際何と切り出していいのか。
結局
「何となく―――誰かと喋りたかったのです。
すみません、くだらない用で電話をしてしまって」
素直に謝り、ブランデーを口にする。
それは上品な甘さとコクでゆっくりと喉を通り抜けた。
『”すみません”、とか“くだらない”とかそんなこと言っちゃダメよ。
誰かと話したいとき、私だってたくさんあるし』と綾子さんがまたも明るく言ってくれて、少しばかりほっとした。
けれど、綾子さんはどうやら外に居るようで、パトカーのサイレンとかが聞こえて
「すみません、外でしたか」とまたも謝ると
『大丈夫よ~タクシーの中だから。あ、今ね~裕二と外で飲んでてもう歩きたくないって理由でタクシー拾ったの』
との綾子さんの言葉に、麻野さんと一緒に居るのだ。
益々悪い気がして
「いえ、大したことじゃないので、すみませんでした」
謝ると
『大したことなくても―――こうやって電話をしてくれて、柏木さんの“大したことない日常”を聞けるのは、嬉しいことよ?』
綾子さん―――……