Fahrenheit -華氏- Ⅲ


綾子さんは―――啓から何か聞かされてるかもしれない。それともあたしの態度でそれとなく察知しただろうか。


あたしと啓が


別れたことを―――


でも、彼女ならそんな事情を知っても、掛値なしで普通に接してくれる、そう思った。


呼び出し音が四回程鳴ったとき


『もしもし、柏木さん?』と綾子さんが電話口に出てくれて


「あ、はい―――、柏木です。すみません夜遅くに」気付いたら日をまたぐ時間帯だった。


さすがに非常識だと、今更ながら気付いたけれどもう遅い。


『ううん、平気よ~、どうしたの?』と明るく聞かれ


「いえ……あの…えーっと……」


電話をしたものの、実際何と切り出していいのか。


結局




「何となく―――誰かと喋りたかったのです。


すみません、くだらない用で電話をしてしまって」




素直に謝り、ブランデーを口にする。


それは上品な甘さとコクでゆっくりと喉を通り抜けた。


『”すみません”、とか“くだらない”とかそんなこと言っちゃダメよ。


誰かと話したいとき、私だってたくさんあるし』と綾子さんがまたも明るく言ってくれて、少しばかりほっとした。


けれど、綾子さんはどうやら外に居るようで、パトカーのサイレンとかが聞こえて


「すみません、外でしたか」とまたも謝ると


『大丈夫よ~タクシーの中だから。あ、今ね~裕二と外で飲んでてもう歩きたくないって理由でタクシー拾ったの』


との綾子さんの言葉に、麻野さんと一緒に居るのだ。


益々悪い気がして


「いえ、大したことじゃないので、すみませんでした」


謝ると




『大したことなくても―――こうやって電話をしてくれて、柏木さんの“大したことない日常”を聞けるのは、嬉しいことよ?』




綾子さん―――……


< 137 / 608 >

この作品をシェア

pagetop