Fahrenheit -華氏- Ⅲ
あたしはさっきのプールの件を話聞かせた。
『何それ!』綾子さんはキャハハと明るい笑い声が聞こえてきた。『そりゃ、プールの中じゃ分かんないわよね。しかもローブの抜け殻とメガネって言う状況だったら、コンシェルジュも慌てるわ』
「そうなんです。きっとそのコンシェルジュの方、あたしがプールで自殺したんじゃないか、と思ったかもしれません」
言いかけて『自殺』と言う言葉を気軽に吐いてしまった自分が嫌になり思わず俯く。
綾子さんはあたしのこの微妙な間を察したのか
『柏木さんのマンションてプールもあるのね。高い所だろうな~と思ってたけど、桁違いみたいね。そう言えば私、一度も柏木さんちに行ったことないかも』
そう言えば、そうだ。
「今度是非いらしくてください。プールで水遊びもいいかもしれません」
気軽に提案すると
『じゃぁビキニを買わないと。でもそうなると私は柏木さんの隣に居れないわ。体型が…』
とは言うものの、綾子さんだってプロポーション抜群だ。
女性の色気もたっぷりだし。
くすっ
あたしは思わず笑っていた。
『あー、やっぱ体型のこと気にしたでしょ、今』と綾子さんが冗談で拗ねる。
「いえ、あたしが逆に綾子さんの隣に並べないぐらい」
『そんなことないわよ~、それよりちゃんと食べてる?』急に心配そうに声をトーンダウンさせて綾子さんに聞かれ、
綾子さんは―――やっぱり気付いている。
ハッキリとは言わないし、啓の話題も出さない。
けれどあたしたちに“何か”あったのか知っているのだ。それでいて心配してくれている。
優しい―――ひとだ。
「……ええ、今日はフレンチを……あ、フルコースでいただきました」
心配かけないように言うと
『あら!いいわね~!ワインが美味しかったでしょう?誰かと一緒?会長?今日は会長も予定なかったから私も早く帰れたんだけどね~、だから裕二と久しぶりに外食しようってなって』
「いえ、会長では―――……知人と…ワインは―――…」
言いかけて何故か言葉が詰まった。
手の中にあるブランデーが入ったロックグラスを見下ろす。
その琥珀色の液体に、ゆらゆらと自分の顏が映った。