Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「実は―――神流さんからこれを受け取って、それでまた書き直したんです」
菅井さんは照れくさそうに頭の後ろに手をやる。そして『証人』欄を指さし
「この場所、神流さんの名前で出したくて」
え―――……
菅井さんの言葉に目をまばたいた。
いやいや!それって大事な人が書くところじゃ。
「何も責任取れってわけじゃないわよ。ただ、あたしたちを―――
正臣とあたしを繋げてくれた―――
あんたが」
俺が―――真咲と菅井さんを―――繋げた?
そう言う自覚はなかった。
「あたし……怖かった」
真咲は子供が眠っているであろうお腹の辺りを撫でさすりながら
「過去に一度……殺しちゃったから……赤ちゃん……」
「それはお前のせいじゃ…」
「ううん、あたしも弱かった。きっと母親の器じゃなかったんだと、今ならそう思う。
だから不安だった。今度はちゃんと母親になれるのだろうか―――って。
だから正臣から結婚しようって言われたとき悩んだ。
正臣のことは大好きだし、愛してもいるけど、子供の母親になる自信がなかった」
テーブルに乗せられた真咲の手の上に菅井さんの手が重なり、きゅっと彼女の手を握る。
「でもね、あたし決めたの。
この子の母親はあたししかいないんだって」
そうだよ、真咲―――
お前と菅井さんの子供の母親はお前しかなれないんだよ。
それが母性と言うものなんだ。
マリちゃんも真咲も―――
そして瑠華も
女なら誰もが持つ『母性』
目の奥がじんとしてきた。
「僕たち、今日神流さんから署名してもらったら区役所に行こうかと」
菅井さんの言葉に顔を上げた。