Fahrenheit -華氏- Ⅲ
村木も綾子から電話を受け取ったのだろう。
「二村がまだあの場に居たのでね、電話をするフリの方が良いかと」
「あいつの態度は?」
「変わりませんよ。ちょうど彼も電話してたのでね、こっちの動きを不審がったこともなさそうだし、顔すら上げなかった」
「こっちもですよ。て言うかあの二人は俺の行動を一々気に留めてないみたいですからね。ある意味放任主義?」
「まぁあなたの性格を熟知してるんでしょうね、良い意味でも悪い意味でも」
今度は村木が皮肉り、俺は頭の後ろを掻いた。
エレベーターが到達して、扉が開くと
「ぃよっ」
箱の中の裕二が軽く手をあげた。
「うっス」
俺も手をあげる。
「まさかこの三人で手を組むとは」
エレベーターに乗り込んだ村木が小さくため息をつき額に手をおく。
「四の五の言ってないで、こう決めたんだから腹をくくりましょう」と俺が村木の肩を気軽に叩くと村木は相変わらず不機嫌そうな表情で顔を上げた。
「これがバレたら私のクビが飛ぶ」
「危険はお互いさまでしょ。因みに三人じゃなく、綾……木下も外食事業部の桐島もグルだから、全員リスクはある」と裕二も村木の肩を叩き
「ハイリスク、ハイリターンってこったな」俺はふんと鼻息を吐いた。
会長室をノックすると、それとほぼ同時、扉が内側に開いて綾子が顔を出した。
周りをきょろきょろと見渡し、俺たち以外誰も居ないことを確認すると一つ頷き、
「入って」と言葉も少な目に俺たちを内側に入れた。
するり、とまるで忍者のように入りこみ、室内を見渡すと、会長室には綾子と俺たちしか居なかった。
当然ながら親父も、瑞野さんも―――
席を外している。
ほとんど走るような勢いで綾子は会長席であるデスクに走り寄った。
「会長は執行役とランチ会議で外に出ていったわ。瑞野さんは桐島くんが引きつけてくれてる」
「ああ、助かるよ」
「私は会長秘書。会長以外のスケジュールは把握できてないわ。でもこのPCには各役員の会食予定が一括管理されてる。
でも誰でも安易に見れないわ。私ですらIDとPWを知らされてない」
「よし、任せておけ」
裕二がスーツの袖をちょっと捲った。
「そんなに簡単に言いますが、本当に出来るんですか?そもそも違法行為では?」
と、ここにきて今更のように村木が眉間に皺を寄せる。
会長席の椅子に腰を下ろし、キーボードに手を置いた裕二は目を上げ、村木ではなく俺の方を見ながら
「最初に“違法行為”を犯したのはオタクの部署の二村だ。
それに俺は“この前”のように失敗はしない」
と低く言った。