Fahrenheit -華氏- Ⅲ
次の株主総会が開かれる3月25日まで、意外とその回数が多い。
「どうする?“これ”全部USBにバックアップとるか?」
裕二がUSBメモリを翳して意見を求めてくる。
「いや、バックアップは勿論必要だが…」
偽の情報を埋め込まなければならない。
そうなると時間が…
俺が腕時計に視線を這わすとほぼ同時、綾子のデスクで内線電話の着信を報せた。
綾子がデスクに走り寄ると
「桐島くんからよ」と慌てて取る。
綾子は「ええ、分かったわ、ありがとう桐島くん」と短く答え
「マズイわ。瑞野さんが戻ってきちゃう」
桐島―――瑞野さんを引き止められなかったか。
桐島には「この前利用したダイニングバーのアンケートを取りたい」と言って瑞野さんを呼び出してもらった。勿論嘘だが。
「どうする?この量だとバックアップも間に合うか…」
裕二が不安げに顔を上げ
焦っていた俺はひたすらに画面をスクロールしていたが
「待て!」
陰険村木が声を発し手をあげた。
「ここ、この日付…11月11日、金曜日、瓜生常務と鴨志田監査役、田神専務、そして港支社の神来社支社長、神奈川支社の宇都宮支社長、名古屋支社の伊藤支社長、大阪支社の鮎原支社長、福岡支社の森田支社長、その他四名の会食がある。銀座だ」
11日―――今日から4日後だ。
村木が指さしたその日、村木が述べたその名が連なっていて
「どうみてもおかしい。神来社支社長と宇都宮支社長、鮎原支社長は緑川派、田神専務と伊藤支社長と、森田支社長は神流派。瓜生常務に、鴨志田監査役―――」
村木が眉間に皺を寄せ
「確かに…この名前は大株主だ」俺は顎に手を置いた。
「この名前が連なっているのは不自然過ぎる」
「でも、このスケジュールは作為的に作られたわけではなさそうだ?」
裕二が新しい窓で黒い画面の中、数字やら英字やらを打ちこみ
「と言うことは、事実。この日しかない―――」
俺は裕二と村木を交互に見た。ついで自身のデスクで息を呑んでいる綾子を見やり
これに賭けるしかない。
俺はスっと一枚の名刺をテーブルに滑らせた。
銀座の高級クラブ『マダム・バタフライ』の名刺だ。