Fahrenheit -華氏- Ⅲ
善は急げと言う言葉の通りか、瑞野さんは胸の前で手を握り
「じゃぁ今日とかどうですか?今日、会長は神奈川にいらっしゃるのであたしは一日フリーなようなもので」
と勢い込んでくる。
正直、俺はその勢いにびっくりして
「う……うん」と
答えてしまっていた。
「部長のご都合の良い時間は?」とこれまた強引ではない程度にさらりと聞かれ、この俺様が瑞野さんに流されて、
「えっとー……佐々木と瑠……柏木さんはこれからお昼に入るから、それから…13時半とか…?なら?」
曖昧に言って首を捻り苦笑いを浮かべると
「13時半ですね、分かりました。では一階受付ロビーに待ち合わせとかいかがですか?」
とそつなく聞いてくる。
この辺、さすが秘書。
おっとりしているようで、しっかりしている。
相手に有無を言わせない。
その手にやられた俺は「じゃ…じゃぁ13時半で…」
と約束してしまった。
――――
――
自部署に戻ると、佐々木だけで瑠華は席を外していた。
「柏木さんは?」
「ついさっき、TUBAKIウエディングの香坂さんがお見えになって打ち合わせに」
TUBAKIウェディングの香坂さんか…
またもため息が漏れた。
「あ、今ならまだ間に合いますよ。打ち合わせ」合流すれば、と佐々木は言いたいのだろう。
「いや、あの件は柏木さんに一任してある。俺が居なくてもいいと思う」
…と言うか、その妙に勘の良い香坂さんに俺たちが『終わった』ことを勘ぐられるのがイヤだった。大人げない、とはこのことを言うんだろうな。
しかし、マズったな…