Fahrenheit -華氏- Ⅲ


瑞野さんとの約束は13時半―――


内線電話一つ掛ければ済むが、佐々木が残ってる。変に勘ぐられるのも面倒だ。


「佐々木、俺はこの後予定がある。柏木さんはいつ戻ってくるか分からないし、お前先休憩入れ」と言うと


「え…でも」と不服そうにしていたものの、上司からの命令とあらば、と言った感じで腰をあげた。


素直な佐々木に「ランチ、今度奢ってもらえ?」と微苦笑をすると


「はいっ!」とゲンキンな佐々木はいそいそと休憩に入った。


佐々木はきっちり1時間で戻ってきた。瑠華は、戻ってこない。


しかし約束の13時半まで残り5分だ。


「佐々木、わり。俺ちょっと用があるから柏木さんが戻ってきたら、休憩入ってもらって?携帯は繋がる様にしておくから何かあったら電話くれ」


「え?あ、はい」


俺は携帯と財布だけを手に席を立った。


瑠華がどこで“打ち合わせ”をしているのか、チェック済だ。


この階の第二応接室。中は覗けないが、使用中の札はそのままだった。


これなら瑠華と顔を合わせることなく、昼休憩に入れる。


降下していくエレベータの中、そんな姑息なことを考えている自分に嫌気を覚えがくりと肩を落とす。


一階ロビーにたどり着いて、エレベーター付近に居たのか


「部長!」と声を掛けられ、確かめないでも分かる、瑞野さんはにこやかに手を振っていた。


「ごめん、待った?」


「いえ、今来たところです」


………


これって、何か恋人同士のやり取りじゃね?


いや、恋人同士じゃねーし。


「行こうか」と歩き出した時だった。


「ご足労ありがとうございました」


受付カウンターの前できっちり頭を下げる瑠華の後ろ姿を見つけ、俺は目を開いた。


今すぐ回れ右をしたかったが、香坂さんの方が早く気づき


「あ、神流さん!」と愛想よく頭を下げる。その声に瑠華が振り返った。


「打ち合わせと言うこと、柏木さんからお伺いしていました」何も知らない香坂さんが笑いながら、でも俺のすぐ隣に居る瑞野さんを見ると


「あら…」と口元に手を当て言葉を詰まらせた。


瑞野さんは条件反射か慌てて頭を下げる。


こうなったら逃げるのはもはや不可能。


「ご同席できず申し訳ございませんでした」潔く謝って、後ろめたさを軽減……したつもり。


「いえいえ」香坂さんはほがらかに笑い


「では私はこれで」


「ありがとうございました」瑠華が再びきっちり頭を下げ、言葉も少な目に香坂さんがロビーを出ていくのをきっちり見送り、くるりとこちらに踵を返した。


「か、柏木さん…俺、これからランチだから…柏木さんも入っていいよ」


俺の言葉に瑠華は無表情に一礼して


「お気遣いありがとうございます」と一言、温度の無い声で言い、俺たちの横を通り過ぎるとエレベーターホールに向かっていった。


ああ、サイアク。


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