Fahrenheit -華氏- Ⅲ
俺はフォークを乱暴に皿に放り投げた。
カラン…と渇いた音が響いた。
旨かった筈のパスタが急にまずくなった。
席に座りかけていた瑞野さんの腕を取り
「瑞野さん、行こう」と俺は立ち上がった。
「え?……でもまだ残って…」瑞野さんの困惑をよそに俺はほぼ強引に瑞野さんの手を引くと、噂話をしていた学生の元へ歩み寄った。
彼らが顔を上げ、女たちが
「うっそ!超イケメンっ」とこそこそ。
お前ら女だって見た目で判断してんじゃねぇか。
俺はそんな彼らのテーブルにバンっと一万円札を叩きつけた。
「噂話は聞こえないとこでやってもらいたいな。
彼女は決してあざとくない、それに簡単に男を騙すこともしない。
そんな噂話するぐらいなら一度自分の顏を鏡で見てから言え」
そう
瑞野さんはいつだってそうだった。
多少思わせぶりな所はあるかもしれない。けれど芯は強い。
いつだったか、居酒屋で遭遇したとき、雨の中俺は自棄になっていて、瑞野さんに瑠華を重ねた。
瑞野さんは雨のように流される女じゃなかった。
『“あたし”は、あなたの大切なひとじゃありません』
そして今回も―――
『関係ありません』
瑞野さんは自分の足で立って、自分の足で歩いて―――
自分の意思がはっきりしている。
そしてしっかりと地に足がついている。
そう言う強い女だ。
「ぶ……部長…もういいです。あたし…大丈夫ですから、もう行きましょう」
瑞野さんが空いた方の手で俺のスーツの裾を軽く引っ張る。
怒りが鎮火していない俺は尚も何か言いたかったが
「あたしは大丈夫ですから」
瑞野さんの一言で俺は踵を返した。瑞野さんの手を握ったまま。
そしてレジでも俺の方が瑞野さんより早くカードを取り出し支払いをした。