Fahrenheit -華氏- Ⅲ
啓と瑞野さん―――
お似合いだ。
違和感なく、二人が笑い合っている姿が想像できて、自分自身の考えが嫌になる。
啓を取り戻したい、と思ったのにくじけそうになる。
本当は―――別れ話をするとき、あたしの偽の稟議なんて口実で、瑞野さんが好きになったんじゃないだろうか……とさえ思う。
あたしは一世一代の大勝負に出ようとしている。けれど勝負をする前にそのリングから降りた方がいいのか―――…
もうこれ以上傷つかないように。
どうすればいい―――……?
家に帰るまで、そして帰りつくまでも同じことを繰り返し考えている。
頭を冷やす為、冷蔵庫からギネスビールを取り出し栓を抜いた瓶のまま、口につけ
週末から始めた料理をしよう、と思い立った。
紫利さんからお料理のことを聞いてチャレンジしようと思ったのだ。
未知の世界に足を踏み込むと、それだけで集中力がそこに向くから。
―――
――
しかし
「強めの弱火ってどう言う意味?」
あたしはIHコンロのボタンの前、昨日漫画本と一緒に買った料理本を手に、腕を組んで唸った。火力2(300W)でいいのかしら…
「砂糖、大さじ半って…半分はどうやって図れば…?」
そうこうしているうちに鍋の中に入れた豚肉から焦げ臭い匂いが…
「わ!」
慌てて『消』ボタンを押すも、丸焦げになった……本当は豚の角煮を作るつもりだったのに……
これじゃ焼豚にもならない。
とてもじゃないが食べられるものではない。
やっぱり料理は向いてないようだ。(と言うか料理下手なあたしにいきなりハードル高すぎた…?)
あたしは、出汁巻き卵ぐらいしか作れない。
啓が好きだと言ってくれた出汁巻き卵。
あれはあたしのママがよく作ってくれた。あたしも大好きだったから、ママの味を再現したくて、マックスと結婚してからママに教えてもらいながら何度も失敗を繰り返してできたのだ。
啓には―――お弁当も作った。
唯一得意の出汁巻き卵にボイルしたウィンナー、茹でただけのブロッコリー、塩胡椒で味付けしただけで焼いた牛肉。あとは…ごめんなさい、冷凍食品です。
でも、『すっげぇうまかった!!!また作って!』とせがまれたとき、正直面倒くさいなーとか思ったけれど、今は―――その面倒くさいお弁当を毎日作って啓に食べさせてあげたい。
それも、もう叶わない。
啓はお料理が上手だ。どんなジャンルの料理も軽々こなせる。
瑞野さんだってきっと―――
料理苦手な女ってやっぱり男性としてはナイわよね…
「はぁ…」ため息をつき、料理本をカウンターに置き
料理初心者でも分かるような用語をインターネットで調べようと、手近にあったスマホを手繰り寄せ、そこで初めて
葵さんから着信が3件あったことに気付いた。