Fahrenheit -華氏- Ⅲ
葵さんはもう一杯やっているようで、彼の手元にはジョッキビールと枝豆や冷奴、たこわさと言ったおつまみが並んでいた。
「すみません、遅くなりまして」
幸いにも葵さんは部屋の奥側に座っていて、手前が空席になっていて、あたしはその席に腰を下ろした。“何か”あってもすぐに逃げ出せるように。
葵さんはすぐにメニュー表を手にして
「何する?ここの焼き鳥はうまいよ」と気さくに聞いてくる。
あたしはメニューを受け取り縦に走る文字を見ていると
じっと熱い視線が…
「あの…近いのですが」思わず後退するぐらい葵さんはすぐ近くであたしの手元にあるメニュー表とあたしとを見比べていて
「あ、ごめんごめん」と笑って身を退く。
何なのこの人……
でもペースが―――何となく啓に似ている。
「だってさ~可愛い顔だから近くでもっと見たいな~って♪てか肌めっちゃきれいだね♪」
………
啓より上手だった。
「ありがとうございます。お褒めいただかなくても今日も私の奢りですよ」と冷めた目で言うと、葵さんは苦笑い。
「そんなつもりはないって、ホントにそう思ったから」とちょっと心外そうに唇を尖らせる。
「最初はドレス姿だったし、次会った時もフランス料理の店だったし、でも今の瑠華ちゃんは素みたいで、俺はこっちの方が好き」
今日はミルクティベージュのニットに黒いワイドパンツ姿、レオパードのパンプス姿。
あっそ。
どっちでもいいわ、そんなこと。