Fahrenheit -華氏- Ⅲ
『まぁそれはお前と柏木さんが深い仲になかったときでいいや。それより今度の金曜日、柏木さんを呼び出してくれないか?』
動画の中の二村さんが言い出し
『いいけど、何で?』葵さんが目を上げ二村さんを見る。
金曜日――――……?あたしはバッグから手帳を取り出し日付を見た。
11月11日。
『“大事な会議”があるんだ』二村さんは声を潜めた。
会議―――…?
『会議?お前が?どこで?会社で?』
『会社じゃない、料亭と高級クラブだ』
料亭とクラブの設定だと、それが役員たちの“秘密会議”であることが分かる。
『へぇ~そんな所まで行けるの、お前。いいなー、旨いもん食って、きれーなおねーさんとお喋りできて』
葵さんは何も知らない様を装っているのか、或は本当にバカなのかのんびり聞いていて、二村さんは「バカ」な方を考えたようだけれど、あたしはそうじゃない。
顔を上げると葵さんがニヤリと笑っていた。
単なるバカじゃないようね。
『俺は単なる運転手。うまいもんもきれーなお姉さんともお喋りできないの』
『そうなの?で、どこの料亭とクラブ?』
と葵さんが聞くと、二村さんは怪訝そうな表情を作った。
『何で?』
当然そうくるだろう。あたしが二村さんだったらそう聞く。
けれど葵さんは、それを華麗にスルー。
『だってその場所を避けなきゃいけないだろ?』
なるほど。うまく言ったものだ。
葵さんの嘘はまったく疑いを持たれてないようで
『ああ、そうだな。料亭は銀座の“蒼や美”て和食料亭で、クラブは―――確か…ちょっと待って』
二村さんは手帳を開き、しかし眉をひそめた。
『そこまではまだ知らないワ。分かったらURL送っておく』
動画はそこで途切れていた。
葵さんはそのスマホを取り上げると
「んで、今日空汰から来たクラブの名前と所在地がここ」と
地図アプリを見せてくれた。
店の名前は『マダム・バタフライ』となっている。
マダム・バタフライ―――
あたしは目を開いた。
紫利さんの在籍していたクラブだ。
偶然―――……?
地図アプリが展開されたスマホを眺めていると、ひょいと持ち上げられ、ふいに葵さんがスマホと同じぐらいの至近距離に縮めてきた。
びっくりして思わず体をのけぞらせると
「これで良かった?俺って少しは役に立った?」とわくわくと聞いてくる。