Fahrenheit -華氏- Ⅲ

『まぁそれはお前と柏木さんが深い仲になかったときでいいや。それより今度の金曜日、柏木さんを呼び出してくれないか?』


動画の中の二村さんが言い出し


『いいけど、何で?』葵さんが目を上げ二村さんを見る。


金曜日――――……?あたしはバッグから手帳を取り出し日付を見た。


11月11日。


『“大事な会議”があるんだ』二村さんは声を潜めた。


会議―――…?


『会議?お前が?どこで?会社で?』


『会社じゃない、料亭と高級クラブだ』


料亭とクラブの設定だと、それが役員たちの“秘密会議”であることが分かる。


『へぇ~そんな所まで行けるの、お前。いいなー、旨いもん食って、きれーなおねーさんとお喋りできて』


葵さんは何も知らない(さま)を装っているのか、或は本当にバカなのかのんびり聞いていて、二村さんは「バカ」な方を考えたようだけれど、あたしはそうじゃない。


顔を上げると葵さんがニヤリと笑っていた。


単なるバカじゃないようね。


『俺は単なる運転手。うまいもんもきれーなお姉さんともお喋りできないの』


『そうなの?で、どこの料亭とクラブ?』


と葵さんが聞くと、二村さんは怪訝そうな表情を作った。


『何で?』


当然そうくるだろう。あたしが二村さんだったらそう聞く。


けれど葵さんは、それを華麗にスルー。


『だってその場所を避けなきゃいけないだろ?』


なるほど。うまく言ったものだ。


葵さんの嘘はまったく疑いを持たれてないようで


『ああ、そうだな。料亭は銀座の“蒼や美”(あおやび)て和食料亭で、クラブは―――確か…ちょっと待って』


二村さんは手帳を開き、しかし眉をひそめた。


『そこまではまだ知らないワ。分かったらURL送っておく』


動画はそこで途切れていた。


葵さんはそのスマホを取り上げると


「んで、今日空汰から来たクラブの名前と所在地がここ」と


地図アプリを見せてくれた。


店の名前は『マダム・バタフライ』となっている。




マダム・バタフライ―――




あたしは目を開いた。


紫利さんの在籍していたクラブだ。


偶然―――……?


地図アプリが展開されたスマホを眺めていると、ひょいと持ち上げられ、ふいに葵さんがスマホと同じぐらいの至近距離に縮めてきた。


びっくりして思わず体をのけぞらせると


「これで良かった?俺って少しは役に立った?」とわくわくと聞いてくる。


< 179 / 608 >

この作品をシェア

pagetop