Fahrenheit -華氏- Ⅲ
言っていることが理解不能……と言うか、もはや宇宙語の域だ。
「瑠華ちゃんとダメになったのって、あの男?」
“あの男”と聞かれて、啓の姿が浮かんだけれど、葵さんは啓の存在を知らない筈。二村さんに聞かされていなければ。
「ほらっ、まるでハリウッド俳優みたいな超っ!イケメンの!」
ああ…“そっち”か。
あたしはそこでようやく納得した。
葵さんは以前、あたしがマックスと行ったホテルに偶然を装って現れた。尾けてきたのだろうから、マックスの姿を見ていたとしてもおかしくない。
どうやら葵さんはあたしがつい最近別れた男性をマックスと勘違いしているようだった。
良いのか悪いのか。
生憎だけどマックスとは正式に離婚する何年も前に終わっている。
それにマックスの正体を葵さんは知らないようだ。
「そのことに関しましてはノーコメントです」とあたしは両手を両脇に開いた。
「う゛~ん、ミステリアスな美女かぁ。なんかそそられるな」と葵さんは顎に手を置き上目遣いであたしを見てくる。
「お金はお支払いたしますが、体は提供しません」
キッパリと言うと、葵さんはまたもニカっと笑った。
「分かってるって~、流石に俺もレイプとかしないからね。合意の上だよ。嫌がる相手には絶対手を出さない主義なの。
だからサ、そんな警戒しないでよ」
そう言われてあたしの警戒心が見抜かれていたことにちょっと意表を突かれた。
「でもさ……寂しくなったり縋りたくなったとき、俺はいつでも胸を貸すよ?」
葵さんが上目遣いで言い、
「生憎、誰かに縋りたいと思うタイプではないので。オトコに捨てられたのなら、仕事に邁進します。間違っても誰かの手に縋るタイプでないので、あなたもご安心を」
「え~?それはそれで寂しいケドな」
葵さんはちょっと大げさに肩をすくめ
「んで?この後は?空汰に何て言えば?」とワクワク聞いてくる。
「そうですね……しばらくはお茶のみ友達って言うことで。他愛のない会話をしている、と言うことにしてください。いきなり関係が進むと怪しまれます」
「そうかな~、俺空汰と長くつるんでるから分かるケド、俺結構手が早いことあいつも知ってるから、茶飲み友達ってとこに不思議がるかも」
「そうかもしれませんが、私は彼の目から見てもガードが固いと映っている筈です。なので二村さんの気を私の恋愛事情に引きつけておきたいのです」
「んで、瑠華ちゃんは水面下で動くってワケ?」葵さんは探る様に目を上げた。
「そうですけれど、その水面下の動きはあなたには教えられません」
きっぱり言い切り、ちょうどウィスキーも空になった。
「聞きたい事は聞けました。ありがとうございます。では」
伝票を取り席を立つと、
「待って、待ってよ!俺も一緒に出る」との言葉に
「どうして?」私があなたと一緒に店を出る必要が?と言う前に
「この前みたいに空汰が外で張ってたらどうすんの?まぁ、今日瑠華ちゃんに会うことは言ってないけどさ」
との言葉に、あたしは頷いた。