Fahrenheit -華氏- Ⅲ
一瞬、身間違えかと思って目を擦ったが、グレーのノーカラ―ジャケットに、ホワイトのカットソー、くすみピンクのレーススカートは、今日瑠華が着ていた服と全く同じ。
ちょっと変わったデザインのワインレッドのパンプスも一緒だ。
何でこの広い東京の中、見つけてしまうのだろう。
運命と言えばロマンチックだが、俺にとってはロマンチックとは程遠い。
運命は
残酷だ。
瑠華は誰か他の“男”と一緒だった。
見知らぬ男は外套のせいで首から上…顔は見えない。そいつは瑠華の肩を軽く抱くと、やがてぱっと離した。
タチの悪いナンパか!?
俺は目を細めたが、その後瑠華がほんの少しだけ笑い、タクシーが彼女のすぐ傍で止まると彼女はその男にちょっと手を振って、タクシーは走り出した。
男は走り出すタクシーをいつまでも見送っていた。
深めのグレーのパーカーに、黒いパンツ。カジュアルな格好から、大学生を思わせた。
直感―――
この男が、二村が差し向けたハニートラップの男―――
俺がそいつの元に歩き出そうとしたが
「神流様?すみません、道路が渋滞しておりまして」
とスーツに身を包んだ代行と思われる男が腕時計を忙しなく眺めてあせあせとひたすら平謝り。
代行の運転手に気を取られて、一瞬顔をそちらに向け、慌ててその男の姿を目で追ったが、男はすでにごみごみとした東京の夜の街の中、溶け込んで行って、見失った。
くそっ!
歯軋りをしたい思いで舌打ちすると、代行の運転手は到着が遅れたことに俺が怒ってると勘違いしたのか
「申し訳ございません!」とひたすら平謝り。
「ああ、いえ…ちょっとこちらのトラブルで」
暗に「あなたのせいじゃないです」と匂わせると運転手はほっとした様子。
だが、声を掛けられなかったらあの男の後を尾けていけたのに―――と内心ではそれこそ歯軋りしていたが、それを押し隠し
「お願いします」俺は運転手にキーを手渡した。
代行の運転手に運転してもらって家に着いたのは23時過ぎだった。
そこからシャワーを浴び、ビール片手に書斎に籠ることにした。
さっきの瑠華と見知らぬ男の姿が頭から離れない。
けれど、瑠華は二村が仕掛けたハニートラップに簡単に引っかかる女じゃない、そう信じて……
いや、信じたかったのかもしれない、俺は。
あらゆる邪念を振り払うつもりで裕二から借りた写真の収まっているDVDをPCにセットした。
ただただ、無音の部屋で写真をひたすら眺めているのはつまらないからな、考えの邪魔にならない程度に、選んだCDは俺のお気に入りの映画の曲ばかりを編集したものだった。