Fahrenheit -華氏- Ⅲ
サウンド・オブ・ミュージックからは『エーデルワイス』と『私のお気に入り』を。
ティファニーで朝食を、からは『ムーンリバー』、マイ・フェ・レディからは、『踊り明かそう』、雨に唄えばからは『雨に唄えば』
その他諸々…
どれも瑠華と見たり話しあったりした曲ばかり。
そのうちに『美女と野獣』の音楽に変わった。
あれ?
俺、ディズニーの曲は入れた覚えはないんだけどな…
まぁいっか。と聞き流しつつ、うつらうつらしていると
音楽のボリュームがふと上がって思わず顔を上げた。
そこは、いつだったか本場パリで観たオペラのホール。ワイン色の上質なシートに大きなシャンデリア。目の前にあるのはこれまた豪華な舞台。
何で俺、こんな所に…?舞台を見ると
キラキラと光るシャンデリアの真下、男女がワルツを踊っていた。
瑠華―――?
女の方を見て目をまばたくと、相手は東京の夜の街で見たあの見知らぬ男ではなく、この目ではっきりと目の当たりにした
マックス―――だった。
ここは、どこだ?
キョロキョロと辺りを見渡すと、オペラホールの広い観客席の中、俺だけがぽつんと座っている状態だった。
何で?
瑠華はつい先日の夢に出てきた白いドレス姿で、マックスにリードされながら優雅にワルツを舞う。そのダンスは以前、ハロウィンパーティーで見たものと同じ、二人は手に手を取り合って、顏を合わせ微笑みあっている。
瑠華の白いドレスの裾が優雅に舞う。
マックスのタキシードの裾が計算されたかのように美しく流れる。
腕と腕に置かれた二つの手。
瑠華は―――
笑っていた。
俺の大好きな明るい笑顔で。太陽のような―――そこだけ光が当たったような。
「好きなひとが自分のこと、見てくれないって寂しいですよね」
ふと声が聞こえ、俺が声のした方を見やると、すぐ隣にいつの間にか二村が座っていて
俺は思わず後退したくなった。
けれど二村はいつも、造ったような偽物の笑顔ではなく、ただ無表情に舞台で踊る瑠華を―――見つめていた。
「こんなにも好きなのに」
二村が呟いた。
「俺、どこかで間違っちゃったんですよ。ただ、“彼女”を幸せにしてあげたかっただけなのに」
二村は寂しそうに舞台を眺めている。
同感だ、二村。
俺も―――どこかで間違えた。
「俺の場合、間違えたって言うか…お前のせいだろ。お前が取り引きを持ちだしてこなきゃ、俺は―――」
二村を睨んだつもりが、二村を見て俺はぎょっとなった。
「こんなにも好きなのに―――
俺は、間違ってるんでしょうか」
二村の頬には一粒の涙がつっと流れていた。
間違ってるよ、二村。
間違ってる―――