Fahrenheit -華氏- Ⅲ
親父は相手が居ないと言ったが、その気になりゃ幾らでもいるだろう。
それでもその気にならないのは仕事を愛しているのか、別れたおふくろのことを未だに想ってるからなのか―――
「なぁ、おふくろが出てった理由、本当に他に男ができたからなんだろうか」
冷めはじめてきたコーヒーを飲みながら俺は切り出した。
親父は目をまばたき
「何でそんなことを」と眉をしかめる。
「いや…」
俺は少し前訪れた教会で出逢ったおばさんの声を思い出した。
『だいぶ前にね……もう何年前になるかしら、同じようなことを言っていた女性がいるの。
ああ、ちょうど…あなたの左眼と同じ色をしていてわ』
ー『その裏切りはあなたの本意ではないのでしょう?』
もし―――もし、おふくろの不義理が理由ではなかったら、何故おふくろは俺を置いて親父と別れたのだろう。
「あんたはお袋の新しいオトコ見たんか?」
「まさか」
親父はやや乱暴と思われる仕草でカップをソーサーに置いた。
「他にオトコが出来たって言ったのは言い訳で、他の理由があったんじゃ―――」
「今更何を言う」
親父が不機嫌そうに眉を吊り上げた。
「ちゃんと―――」
俺は切り出した。
「親父はちゃんと母さんと向き合ってなかったんじゃないか」
「何を言うんだ、今更……向き合うも何も」
「母さんは、
寂しい女だったんだ」
女として―――