Fahrenheit -華氏- Ⅲ
子供の俺に対しては最高な母親だった。
けれど仕事を取った夫に対して寂しさを抱いてなかったのか―――
親父は―――確かに母さんを愛していた。
別れてからも未練たらたらで。
だから未だ再婚をする気もなく。
その風貌に似た紫利さんを懇意にしていた。紫利さんを好きだった俺もまた同じ―――
母さんの姿を求めていたんだ。
瑠華に指摘されて「マザコンじゃない」とハッキリと否定したが、今なら
否定はしない。
息子が初めて好きになる相手は
母親だ。
「俺のこと心配するより、まずは自分のこと考えたら?母さんのこと探すとか。
じゃなきゃあんたは一生そのままだ」
俺はまだ飲み残したコーヒーをソーサーに置きソファから立ち上がった。
一生―――そのまま。
俺と瑠華も―――
いや、そのままじゃ終わらせない。俺は親父とは違う。
怖がってられない。恐れてられない。
そんな暇があるのなら一刻でも早く瑠華を取り戻す方法を考える。
俺は席を立ち上がった。
「話はそれだけ?親子で恋愛話とか、“ここ”でするもんじゃないだろ」
俺は床を指さし。
「俺だって暇じゃねぇんだよ」
「啓人、たまにはうちに帰って来い。お前が、たった一人の息子が全然帰ってこないから、俺は―――」
親父は言葉を飲み込んだ。
俺は――…?何を続けるつもりだったんだろう。
まさか、寂しいとか言うんじゃないだろうな。
「ようやく母さんの気持ち分かった?」俺は冷めた目で親父を見下ろしたが、俺の嫌味にも全然屈しない親父が
「俺は早く孫の姿が見たい」と腕を組み、ふんと鼻息を鳴らす。
ガクリ……
俺は肩を落とした。
人がシリアスになってんのに、この親父は!!
「んなのまだ早いっつうの!てか相手いねーし。でも見合いの話は持ってくんなよ!
さらば!昂よ!※」
あ、昴てのは親父の名前ね。谷村新司をこよなく愛してるのはこの曲ありきなのかどうかは定かではないが。
※「昴」は谷村新司さんの名曲ですね♪
俺は吐き捨てて、今度こそ会長室を後にした。