Fahrenheit -華氏- Ⅲ
二村はびっくりしたように目を開いていたが、やがて少し険のある視線で俺を見てきた。
「何だよ」俺は眉間に皺を寄せ二村を睨んだ。
険悪な雰囲気に気付いたのか、「あ、じゃぁあたしはここで」と慌ただしく“閉”パネルを押し、二村が乗り込む前にエレベーターは下がっていった。
二村は下がって行くエレベーターの階数表示の光を見つめながら、結局俺に何かを言ってくることなく、
何なんだよ、俺は苛々した面持ちで自部署へ戻った。
「あ、お帰りなさい。会長どうでしたか?」と佐々木がすぐさま聞いてくる。
「や、別に特にこれと言って何もない」俺は軽く手をあげた。
瑠華はちょっと顔を上げただけで、PCと分厚いカタログで視線を行ったり来たりさせている。
それでも
「会長室のコーヒー美味しかったですか?」とPCに目を向けたまま、小さく聞いてきた。
「ああ…うん…」俺は曖昧に頷いた。
パタン…
瑠華は静かにカタログを閉じ
「私は総務部に行ってまいります。お願いしていたファイルが届いたようですので」
「あ、うん」俺はバカみたいにそれだけしか返せなかった。
颯爽と瑠華が行ってしまい、その後ろ姿を俺と佐々木はずっと見送っていた。