Fahrenheit -華氏- Ⅲ
瑠華が総務部から戻ってくる前に俺は3階の外食事業部を訪れた。
桐島は事務所の自分のデスクでPCを操っている最中で、
「よっ」
声を掛けると
「お疲れ~」と相変わらずふわふわした返事がかえってきた。
「なぁ桐島、お前今日、“ほしの屋”のヘルプスタッフ?」
“ほしの屋”と言うのは以前、経理部との合同飲み会で利用した会社の経営する直営店の居酒屋のことだ。
「いや、違うけど」
「そうだよなー…そう都合良く行くわけないよな」
頭の後ろを掻いていると
「何かワケありっぽいね。いいよ、スタッフ交替してもらうから入るよ」
桐島!?
「どうしたお前!いつになく空気読めるな!」
「いつになくって、失礼な。そんなこと言われるんなら変わらないよ」と桐島は眉間に皺を寄せる。
「うそ嘘!頼むよ、この通り!」と顔の前で手を合わせると桐島は頷いた。
「それよりちょっといいか…?」俺は廊下の方を顎でしゃくると、桐島は大人しく俯いて俺の後をついてきた。
「ほしの屋、今日の19時、二名で予約入れてくれ。できれば個室希望」
早口に言うと
「いいけど、どうして?」と当然の質問をされる。
「瑞野さんと行く」
「え?」桐島は目をまばたく。
「色々聞きてぇんだよ。彼女の気持ちを利用することはしたくないからな、それとなくそう言う雰囲気になったらベルスター鳴らすから、お前来てくれね?」
「なるほど…」桐島は顎に手を置き真剣な顔で頷いた。
「礼はきっちりする。頼む」
「OK」桐島は短く返事をして「じゃぁ俺、早速予約入れてくるね。平日だしそれほど混まないと思うけど。でも大丈夫なの?あんな近くの店で誰かに見られでもしたら」
「ハイリスクだが、その分リターンも大きいと思う。俺はそれに賭ける」
「啓人の覚悟は分かったよ。じゃあ俺行くね」
桐島の背中がいつもより頼りげに見えた。
「おう、頼んだぞ」
よし、これで段取りはできた。