Fahrenheit -華氏- Ⅲ

「かしこまりました、今から窺います」と言って電話を切ると同時だった。


「お疲れ様で~す♪柏木さん、休憩?ランチ一緒にどーですか?♪」と二村さんがひょっこり顔を出した。


その顔にはいつもと同じ人懐っこい笑顔が浮かんでいた。


でも、もうあたしは以前のただの人懐っこい後輩だとは思えない。


人の皮を被った



悪魔。



PCのキーボードを操っていた啓が手を止め、顔をあげるのが気配で分かった。


「すみません、会長に呼ばれてるので」と言葉も少な目に断ると


「会長に?じゃさ、終わったら一緒にいこ~よ~」と二村さんはしつこい。


Get lost!(消えて)


Get lost! Now!(今すぐにあたしの前から消えて)


感情が爆発しそうになり、それが口に出そうだったけれど何とか飲み込む。


「すみませんが、私は先約があるので。佐々木さんと」とあたしは佐々木さんの方を見た。


名指しされた佐々木さんは驚いたように自分を指さしたが、空気を読んだのだろう


「そ、そうそう!僕と社食行こうとしてたんですよね~、今日のA定は何だろうって二人で盛り上がって」


と慌てて言う。


佐々木さん、ありがとうございます。


「じゃぁさ~明日とか」


と二村さんが食い下がる。


我慢がならなくてあたしは目を吊り上げると


「この際だからハッキリ言います。私はあなたと食事を摂る理由も義理もありません。迷惑です」


とキッパリ言うと


「えー、相変わらず冷たいな~、一回だけでもいいじゃん♪行こうよ~」と二村さんはあたしの“威嚇”に全く怯まない。


啓が立ち上がると同時、二村さんの手が伸びてきて、あたしの腕を掴んだ。


その場所はあたしが昨日ワインボトルで切った場所。


「いッ!」


思わず顔を歪めると、啓が立ち上がったまま目を開いてあたしを見て固まっていた。



しまった―――



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