Fahrenheit -華氏- Ⅲ


「いらっしゃいませ~」


出迎えてくれたのは桐島本人で、白いワイシャツにギャルソン風の腰から下のエプロン姿で、頼んでいた個室に案内された。


靴を脱いでの座敷仕様で、スライド式の扉は木の格子と障子紙で出来ている。普通に喋ってる分には大して外に会話は聞こえないが、遠くで宴会でもしているのだろうか大きな笑い声が上がった。


俺は瑞野さんを奥に促し、すぐさまおしぼりを持ってきた桐島に俺は生(ビール)を頼んだ。瑞野さんはカシスオレンジ。


ドリンクが来るまで、二人でメニューを決め……たい所だが、一つだけあるメニューを覗き込む形になった俺たち。思いのほか距離が縮まって、どうにもキマヅイ。


「好きな物頼みなよ」と距離を取るつもりで俺が離れると、それとほぼ同時に


「部長は何がお好きですか?」と聞いてくる。


距離を遠のかせるつもりが、その言葉でまた引き返さざるを得ない。


無意識にやっているのか、計算なのか―――


どちらにしろ、人の気持ちを引きつけるのがうまい。


それが秘書と言う職業柄か。


「何でも食うよ」との意見に


「じゃぁ、お刺身の盛り合わせと……桐島主査の新作メニューと言うのは…」


前回は…二村に取り引きを持ち込まれ、何故か呼び出された形になった瑞野さんはその時料理を決めるのに結構な時間が掛かったが、今日はある程度心の準備ができていたのだろう、元来の秘書気質かテキパキと聞いてくる。


「あー、新作ね」俺は『今月の新作メニュー』と書かれたもう一冊のメニュー表を取り出し


“ジャージャーパスタ”の手書き風の文字を見た。


イトウくんの意見が通ったってこと??


「これ、だけどシメだから、とりあえず刺盛りと、あとタコワサ、それから“レバーペーストクラッカー”。あ、ここの旨いんだけど瑞野さんレバーダメだった?」


「いえ、好き嫌いもアレルギーもありませんので、それに決めます」とまたもサクサク。


一見してふわふわしてっけど、女共が言うあざとい感じは微塵も感じられない。


むしろリードされてる??


これが秘書か!


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