Fahrenheit -華氏- Ⅲ
そう言えば綾子もサクサクしてるしなー…あれは性格かと思ってたが、秘書ならではなのか。
うーむ…
と秘書観察してる場合じゃない。
最初のドリンクが運ばれてきたことにも気付かず考え込んでいた最中にも瑞野さんはドリンクを運んできた桐島によどみなく注文していた。
今まで遊んできた女たちには俺がリードする側だったけど、瑠華と言い紫利さんと言い心音ちゃんと言い、瑞野さんと言い…
俺が!リードされてる!?
こほん
俺は咳払いをして、とりあえずの「乾杯」
「ところで、何で今日瑞野さんは専務付きなの?衛藤さんが休みって、病欠?秘書って体力と知能仕事でしょ。もしや過労?」
「いえ…衛藤さん、実は…ぎっくり腰やっちゃったみたいで。因みに専務はセクハラは勿論無茶ブリしてパワハラを受けたりは一切ありません。会長や常務と違って穏やかな方で」
カシスオレンジのグラスを両手で包み瑞野さんが内緒話をするように囁いた。
「あ!でもっ…会長や常務がパワハラとかセクハラとか…そう言ったことではなく…!」
瑞野さんは慌てて言ったが
「いや、瑞野さんが言いたい事分かるから。でもあんまり無理しないでね」
俺は苦笑いで手をふりふり。
それにしても…
ぎっくり腰…
俺は思いっきり顔をしかめ
「ぅわっ、それは辛いだろうなー…俺はやったことないけど」
でも――――なる程、専務―――か……そこまで考えてなかったけど…
「あたしもぎっくり腰やったことないですが、あたしの母が一回なってしまって、あの時は大変でした」
と瑞野さんは苦笑い。
専務の柔和な顔が一瞬、脳裏から離れた。
「瑞野さんはご両親と住んでるの?確か横浜だったよね。こっちに越してきた方が通勤楽じゃない?」
「確かにその方が楽ですが、家賃も高いし、何より母を一人にするのが心配で…」
「一人…?」俺が目をまばたくと
「あ、うち、両親離婚してるんです。今は横浜であたしと母と二人で暮らしていて」
「へぇ…」
変なこと聞いちまったな。バツが悪くて
「うちも。うちも両親離婚してんだよねー」と何とか笑った。
「あ、それは存じています」
「そっか…まぁ瑞野さんは親父…会長付きの秘書だからな~
だからお弁当作ってきたりしてたんだ、凄いよな」
運ばれてきたタコワサに箸を伸ばしながら笑うと
「部長もお料理上手だと窺いました。……その、木下リーダ―から…」
「いや、上手ってことも…、ふつーよ普通」
俺はわざと明るく笑った。
その笑顔の下、瑞野さんにはカネが必要だと言うデータを脳裏に刻んでいた。
実際瑞野さんの給料が幾らかなのも知らないし、前に聞いたときお母さんも働いてると言っていた。それほど困窮しているわけではなさそうだが…
そう考えると、緑川の存在はさぞ疎ましいだろうな。
同じ同期なのに一方は親のコネで良い暮らしをしていて、二村の気持ちも
―――かっさらっていった…?