Fahrenheit -華氏- Ⅲ

そこから30分程、世間話をしてあたしは辞去することに。


「今日はお時間を取っていただきましてありがとうございました、そして御馳走様でした。それではおじさま、いいえ会長、宜しくお願い致します」


きっちりと頭を下げ


「ああ、任せておきなさい。色々教えてくれてありがとう」


「いいえ。すべてが終わったら―――“皆さん”で食事などいかがですか」


「ああ、それはいいね」


おじさまはあたしの含みが入った言葉に気付かなかったようだ。


あたしは呼んだタクシーに乗り込む際、ふとバッグが軽くなった気になった。


あんな書類一枚に


あんな重さがあったなんて―――


本当に、遠回りだった。これで肩の荷が下りた、と言いたいところだが、ここからが勝負だ。


タクシーに乗り、田園調布のエリアを抜けたところであたしは葵さんに電話を掛けた。


「そちらの守備はどうですか」と挨拶もなしに聞くと


『どうもこうも、とりあえず同じ居酒屋に入ったけどさー、完全個室だし、ミミちゃんがどこの個室に入っていったのか分かんないんだよねー…


あ、俺ね出入り口に近い個室で飲んでンの。ミミちゃんがいつ出てきてもいいように。


ねぇこれって“経費”で落ちる?』と葵さんはこそっ。


ちゃっかりしている。


「分かりました、私はあと10分程でそちらに到着します。一旦店を出てください。領収書をお忘れなく」


『了解!♪』


葵さんの明るい返事を聞いて少し安心したものの、でも解せない何かは―――まだ残る。


< 246 / 608 >

この作品をシェア

pagetop