Fahrenheit -華氏- Ⅲ
二村さんは何故、敢えて決裁済の書類を手に入れなかったのか。
確かに決裁前の書類を見るのには瑞野さんの手が必要だった。
けれど内容を確認してまた戻すことも可能だった筈。
先ほどあたしがおじさまに説明した通り、“偽”のオークションが決行されたのなら、間違いなくおじさまは勿論啓もあたしも失墜。
神流派と緑川派をひっくり返したいのなら、その方が早道な気がする。
けれど敢えて宙ぶらりんにした理由は―――
あたしと啓を引き裂くため―――
あたしが緑川さんに近づくのを阻止する為、あたしに牙をむくかと思っていたけれど、今緑川さんの気持ちを二村さんから引きはがすことができる、なんて100%ではない。
他に何の理由が―――…?
まぁでも?あたしがおじさまに提案した方法が決行されても、結果はどちらも同じ。
待ってなさい。
あなたのその仮面、必ず引きはがしてみせる。
――
――――
想定していた時間通りに“ほしの屋”の前に到着した。タクシーをそのままその場所で待たせて
目を細めて道路を挟んだ向こう側に居酒屋などが連なる列を眺めていると
「瑠華ちゃ~ん!」
葵さんがぶんぶん手を振って走ってきた。
「あの…いつも思うのですが、もう少し大人しめで登場していただけませんか」
あたしは不機嫌を露わにすると
「瑠華ちゃんこそいっつも怒ってばっか~」と葵さんはちっともへこたれてないようであたしの顔を覗き込む。
「やめてください、ここは会社の近く…」
言いかけたとき
「あ!出てきた!ミミちゃんだよ!」葵さんは道路の向こう側を指さし。
確かに瑞野さん――――と……啓―――…