Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「酔ったみゆきをこちらまで送っていただきまして、本当に申し訳ございません。うちのみゆきがご迷惑をおかけしました」とお母さんはひたすら平謝り。
「い、いえ。私も止めるべきでした」
「もぅ、この子ったらそんなに飲めないくせに、勝手に無理したんでしょうね」とお母さんは苦笑い。
「昔っから人に合わせる癖って言うか……」
「だから親父(じゃなくて)……気難しい会長の秘書と言う大変なお仕事をこなされてるのでしょう、しっかりした方ですよ」
本心だった。
「ではやはりあなたが会長のご子息であらせられる―――?」とお母さんが目を開き
「いえ!いや…そうですが、仕事上では私情を持ち込まないタイプなのでご安心を」
何に『ご安心を』なの!?
自分で自分を突っ込む。
不測の事態にどう対応していいのか俺も分からず、もう言ってることめちゃくちゃ。
けれどお母さんはどうやら俺が娘に手を出すフトドキ者だと思ったわけでもなく
「ありがとうございます、みゆきをここまで運んでいただき」と微苦笑をしながらもきっちり頭を下げた。
それどころか
「あの…ここまでしていただいて申し訳ないので、お茶でも…」と勧められたが、流石にそれは
「いえ、私はここで。瑞野さ……いえ、みゆきさんもお疲れのようですし」
慌てて固辞。
「そうですか…」お母さんは少し残念そうでありながら、俺は言葉も少な目に
「みゆきさんお疲れのようなので、早く休ませてあげてください」と促すと
「ご丁寧にありがとうございます」とお母さんは言って扉はパタンと閉まった。
はぁ~~~…
ドっと疲れが出て俺は思わず扉に背を預けズルズル。
何て一日だ。
厄日か??
しばらく立ち上がれそうにない。
冷たいコンクリの床に手を置くと、幾分か緊張と酔いが冷めてきたが、その指先に何かがぶつかり
それが瑞野さんのリングの掛かったチェーンだと気付くのに、数秒掛かった。