Fahrenheit -華氏- Ⅲ


今ならまだ間に合う。


インターホンを押すだけだ。


『忘れ物です』


そう言うだけだ。


けれど、俺のその手は何故か躊躇した。



――――


――



結局、俺の手の収まったリングを胸ポケットに入れ


「明日、改めて返そう」と考えた。


歩き出して、


「てかここどこヨ」俺は首を捻った。横浜なんてここ数年は来ていないし、行ったと言っても横浜駅周辺だった。


横浜って言えば煌びやかな印象があるが、この時間帯大した観光名所もない住宅街は電灯が乏しく、車の往来があまりない。


安全なのか危険なのかよく分からない地域で、タクシーすら通っていない。まぁ男だし、腕力にも自信がある。オヤジ狩りには負けないぜ。と思いながら仕方なしに歩くか、と決め携帯の地図で所在地を確認して思わず蹲った。


一番近い市営地下鉄「桜木町駅」まで徒歩15分と言ったところだ。


ああ、ついてねえ。


携帯の地図を見ながら歩くこと10分。


てかこの道で合ってんのか?と若干疑わしくなっていたとき、チャリに乗った制服姿のお巡りさんから声を掛けられた。


「ちょっとキミ」


思わず携帯から顔を上げると


「こんなところで何をやってるんですか?」とお巡りさんは俺の頭からつま先までじろじろ。


「この辺りで若い男がうろうろしているって言う通報があってね」


これは……職質ってヤツか!?


「や、うろうろって言うか道が分かんなくて、俺怪しい者じゃないっすよ」とそろりと両手を上げる。


「免許証などの身分証明書をお持ちですか?」と鋭い質問が飛び、有無を言わさせないその迫力は流石現役警察官。


俺は自分の免許証と、さっき瑞野さんのお母さんに渡した名刺も取り出した。


「神流グループ(株)神流 啓人…」


一人のお巡りさんが俺の名刺と免許証を見比べ、


「ふーむ…」と唸った。


てか俺!そこまで胡散臭い!?


「会社に電話してくれたら、ハッキリしますので」俺は携帯をずいと突き出すと


プっ


短いクラクションの音に俺と警官二人は音のなる方へ同時に顔を向けた。


黒いクラウンの後部座席のパワーウィンドウが開いて、中から初老の男が一人顔を出していた。




「啓人さんじゃありませんか」






――――港支社の



   神来社(からいと)支社長(緑川派)―――?



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