Fahrenheit -華氏- Ⅲ
いや、知らなくて当然だ。とすぐ考え直した。
二村は神奈川支社からの異動だった。
横浜支店からはシロアリ緑川が。
時期は緑川の方が早かったが、その後を追うように二人が本社にやってきた。
単なる偶然―――ではないだろう。
「まぁ港支社は本社と違って暇だからねぇ、私のスケジュール管理やお茶出しだけなら大してスキルアップにならないから瑞野さんにとってもそっちの方がいいだろう」神来社支社長は明るく笑う。
「本社は港支社と違って、多忙だと聞く。神流会長の元では大変だろうがやりがいもあるだろうなぁ」支社長その言葉はどこまで本気か、どこまで造り物なのかまだ計り知れない。
探る様に横顔を見ていると
TRRRR
神来社支社長の胸元から携帯の着信が鳴った。
携帯を取り出し、少し顔を輝かせると神来社支社長は「失礼、少しいいですか」と俺に伺いを立てて「どうぞ」と言うと、彼はいそいそとスマホをスライドさせる。
「もしもし、アイラ?こんな時間にどうしたんだい?――――じいじの声を?―――ごめんね、じいじは今日から東京なんだ……え―――…そうだね、アイラは何が欲しい?―――え…東京ばな奈?ピンクのリボン――………うーん…じいじは詳しくないからお店のひとに聞いてみるね。来週明けには帰るよ、ちゃんとママの言うこときいてねんねするんだよ」
神来社支社長は嬉しそうに携帯を閉じ、俺が隣でじっと見ていたことに気付いて「こほんっ」と空咳をした。
「恥ずかしながら、初孫でして」
「随分可愛がられてるんですね」
「まぁ、孫は自分の息子より可愛い」と神来社支社長は頭の後ろに手をやる。
聞いてもいないのに、支社長は家族構成を教えてくれた。
息子一人に娘一人。上の息子は俺の少し上の年齢で、こちらも同じく神流グループの名古屋支社で働いていたらしい。そこで出会った同じ職場の事務員の女性と結婚して、子供が一人。それが今の電話の相手みたいだ。
神来社支社長の息子は異動に異動を繰り返し、今は横浜支店の教育部(塾の展開などを手掛けている)営業員。
横浜支社―――こちらも緑川副社長の―――傘下か……
そう言えばこの神来社支社長も11日の会食メンバーに入ってたな。