Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「息子も色々苦労したクチでね…」
神来社支社長は聞いてもいないのに語り出した。
「と言うか私が?苦労したって言うか。息子は大学は行ったもののろくに勉強もせんで、あちこち遊び回ってて、いざ就職をするときになって就活が上手くいかず、結局親のコネを頼る形になったんですが、コネ入社だと正規入社員たちから色々言われたらしく」
「まぁ、分かりますよ」痛い程にね。俺が影で『苦労しらずのジュニア』と言われているのは分かっている。
「だからかな、あいつは負けず嫌いな所があって、必死に努力して……まぁあいつも今は良き父親ですよ。すみません、親ばか発言をしてしまい」
神来社支社長はおっとりと言い頭を下げた。
「その点、神流会長は素晴らしいご子息をお持ちで、羨ましい限りですが」
それは謙遜?それとも嫌味?
素で突っ込みそうになっちまった。
けれど―――……これはもしかして最大の突破口なのでは―――…?
神流派と緑川派は今の所五分五分と言ったところだ。
その可能性の方が少ないが、その可能性に賭けると、完全に神流派になったのなら?この男とその息子、更には愛する孫まで影響するかもしれない。
この男にとって会社の派閥より孫の方が大事な筈。
「さて、明日は朝イチでピンクのリボンがついた東京ばな奈を探しにいかないと」神来社支社長が両膝をポンと叩き
「その東京ばな奈11日の会食の日までに俺が手に入れますよ」
俺は両膝の上に突いた手を組み、にやりと笑いかけた。
11日と言うワードにぴくりと形の良い眉が動いたのを見逃さなかった。
神来社支社長が少し目をまばたき、すぐにやんわりと笑顔を浮かべた。柔らかな笑顔の裏にちらちらと野心が窺える。
―――この男、使える。
「私は何をすれば?」
勘の良い神来社支社長が探る様に目を上げ、口元に淡い笑み。
「そうですね、あなたには
ユダになっていただきたい」